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新しい国

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 フィエル辺境伯を助けてからというもの、塔周辺にはやたらと人が増えた。
 私は塔の最上階から、あっという間に広がっていく街の風景を眺めている。
 
 暗い森ばかり広がっていた、呪われた陥没地帯だというのに――ジスルティート商会の館がどどんと聳え立ち、その周りにお店がばばんと並びはじめると、その先はすごく早かった。
 まずはオリヴァー様を慕う人々がやってきて、グランベルトの街がそのまま移住してきたように、建物が増えてあっというまに街ができた。
 
 ルディク様の元から逃げてきたという兵士の方々や、ルディク様の治世では生きていけないという人々がどんどんやってきて、塔を中心として罪人の流刑地は、さながら新しい王都のように賑やかになった。

 私は皆が住みやすいように、陥没地帯からの移動を楽にするためのクイールちゃんを何体も作ってあげたし、昼間の日光を集めて輝く夜の街灯や、街への移動をしやすいように移動用鏡も各地に設置してあげた。

「シェイド様、多くの方々がシェイド様を王だと呼んでいますね」
「あぁ」
「私のせいでしょうか。嫌ではありませんか?」
「嫌ということはない。私はとくになにもしていないからな」

 シェイド様は人々を傷つけないように、塔の最上階に籠っていて、私は一緒にいる。
 時々オリヴァー様や、フィエル様がやってきて、国の状況について話し合いをしている。
 それ以外は静かなものだ。
 街の人々には人々の暮らしがあって、私はいつものように魔道具を作って。
 シェイド様に快適な生活をして頂いて。
 そうしながら、呪いをとく方法を模索している。

 マリちゃんはもう話をすることもなく、黒猫ちゃんとして私の傍にいてくれる。

「それに、キャスのせいではない。……皆に敬われたいと思ったことはないが、賑やかな風景を眺めるのは、いい。夜、あかりが灯っているのも。人の声がするのも。食事をつくる香りも、それから、お前がここにいてくれるのもな」
「は、はい……」

 私は急に恥ずかしくなって俯いた。
 私の正面のソファに座っているシェイド様から視線をそらして、無意味にぱらぱらと黒の書の頁を捲る。

「キャス。お前にとっても不本意なのでは? 森には、呪物が多くあると言っていた。こうも賑やかになってしまえば、採集もままならない」
「それは、いいんです。別に、もう」
「いいのか?」
「はい。もちろん、私は呪いが好きです。マリちゃんと……それから、お母様が、私に与えてくれたものですから。でも」
「でも?」
「シェイド様が皆に慕われていると、私は嬉しい気持ちになります。皆が元気に生活を営んでいるのを見るのは好きです」
「私はお前がいればいい。だが、来るものを拒んだりもしない。ルディクから王位を奪おうとは思わないがな」
「ルディク様の圧政の話、お聞きになられたでしょう? オリヴァー様たちは、シェイド様を王と掲げて、ルディク様を倒したいと思っていらっしゃるようです」
「それは――難しいことではないが」

 シェイド様は悩まし気に眉を寄せた。
 このところ、オリヴァー様たちは集まってその話をしている。
 辺境周辺の貴族たちフィエル様に――つまりは、シェイド様に従うと言って、何人もご挨拶にきている。
 
 このまま周辺貴族たちと力を合わせて王都に攻め込むべきか、それとも塔を中心として新たな国をつくるか。
 幸いにして――シェイド様の力を目の当たりにしたオーランド王国の王からも、シェイド様に親書が届いている。
 
 彼らは力のある物には敬意を払う。
 何度もオーランドの兵を退けた強き力のある国だと認め、同盟を結びたいのだと。

 オーランドと結べはシェイド様の王しての地位はより盤石になるというのが、オリヴァー様たちの主張だった。
 シェイド様は「苦しみむ民が減るのなら、それでいい」とこたえていた。

「なにか、悩むことがありますか」
「私の力は呪いの力。呪いがとければ、消えてしまうもの。たとえ皆がこの力に屈服したとして、それは私自身のものではない」
「それは違いますよ、シェイド様。皆が頼っているのはシェイド様の力ではなくて、幽閉を自ら選んで、誰も恨まずに静かに生きてきた――困窮する国の状況を知って迷わず手を差し伸べた、シェイド様の優しさです」
「……それはお前が、逃げなかったから。私の傍に、いてくれたから」
「私は呪いが好きなんですよ」
「きっかけなど、なんでもいい。私の傍に居ることを、お前はえらんでくれた」

 シェイド様は私に手をのばそうとして、すぐにひっこめた。

「触りたいな、キャス。……今は、ひどい呪いだと思う。触りたくても、お前に触れることができない」
「シェイド様……」

 私も――手を、繋ぎたいなと思う。
 黒の書の表紙を撫でた。
 お母様も、せめて――呪いのときかたを、教えてくれたらよかったのに。

 お母様はサフォン様を恨んでいたのだから、その息子のシェイド様にした最後の意地悪だったのかもしれない。 


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