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髑髏の兵
しおりを挟むフィエル辺境伯の守るオーランドとの国境は、木々のまばらにはえた乾いた大地である。
巨人の足跡と呼ばれている赤土の広がる平らな大地で、兵士たちの天幕が敷かれているその先に、騎兵たちとぶつかる兵士たちの姿がある。
「あれは、スナ狐だ」
「スナ狐?」
「あぁ。オーランドは砂漠地帯。馬は使えない。スナ狐は砂漠の上を走ることができる。獰猛で、賢く素早い」
シェイド様がオーランドの兵たちが乗っている動物について教えてくれる。
三角形の耳をしていて、ふわふわとした白い体毛にふさふさの尻尾。
可愛い見た目だけれど、開かれた口には凶悪な牙が並んでいる。
体格のいい男性を乗せても軽々と走れるぐらいに、太い足は強いようだ。
そのスナ狐が素早く騎兵の中を駆けて、飛び上がり、騎兵に体当たりを仕掛ける。
スナ狐の上に乗る兵は、機動力を生かしているのだろう、刀身が幅広で短いナイフを持っている。
彼らは剥き出しの肩にオーランドの紋様である、太陽の印を刻んでいた。
ナイフで斬られ、スナ狐に噛みつかれ、爪で裂かれて、兵士たちが倒れる。
戦況は劣勢。ぶつかり合っている前線の後ろでは、負傷した兵たちが治療を受けている。
けれど、治療の手も足りず、放置されている者も多く見られた。
オリヴァー様やアベル様が率いる兵士たちや空に浮かんだ私やシェイド様に気づいたように、負傷した兵士たちがざわつき始める。
「オリヴァー・グランベルト。シェイド殿下に従い加勢に来た! 我らが来たからには、安心してください。勝利は、我らに!」
「治療師も連れて来たぞ。まぁ、キャスの薬があれば必要はないだろうが。皆、キャスの薬で兵士たちを治療してやれ」
「これ、お薬です。ごめんなさい、遅くなりました」
私は空からひらりとクイールちゃんで舞い降りて、積んであった万能薬を治療師の方に届ける。
「これは、万能薬……! 手に入らないと聞いていたが」
「私が作ったものなので、好きなだけ手に入りますよ」
「ありがたい!」
アベルさんの部下の方々が手分けをして治療を手伝い始める。
「キャス。お前もここに残れ。危険だ」
「嫌ですよ。大丈夫です。私は魔女の娘なので」
「どういう理屈だ」
「嫁とは、旦那様といつも一緒にいるものなのです」
「……わかった。お前は、私が守る」
「はい!」
シェイド様が仕方なさそうに言うので、私は微笑んだ。
できることなら、一緒にいたい。
自分だけ安全な場所にいるなんて嫌だ。だって、シェイド様を塔から外に出したのは、私なのだから。
シェイド様と私は、兵士たちの頭上を飛ぶ。
私たちに続いて、オリヴァー様たちの兵が、オーランドの兵とぶつかりはじめる。
「──あなたは」
前線で剣を振るっていた精悍な男性、フィエル辺境伯が私たちを見上げた。
「シェイド・アルサンディア。アルサンディア王家の第一王子」
シェイド様が堂々と答えた。
空に浮かぶシェイド様に、皆の視線が釘付けになる。
風に靡く長い銀の髪も、私が用意した立派な黒い服も。首や顔に伸びる黒い蔦の紋様も。全部が、埃っぽく血生臭い戦場で、場違いに美しい。
「オーランドの者たちよ、悪いことは言わない。いますぐ兵をひけ。でなければ、お前たちはおそろしいものを見ることになるだろう」
まるで世捨て人のようだったシェイド様の堂々とした振る舞いは、王の威厳に満ちていた。
その言葉は本当だろう。
シェイド様には力がある。戦争なんて馬鹿らしくなってしまうほどの力が。
「馬鹿なことを! アルサンディアは我らのものだ!」
オーランドの将と思しき男が、怒鳴り声をあげた。
怒鳴り声に呼応するようにして、オーランドの兵士たちからも怒声や、嘲るようなせせら笑いがあがりはじめる。
「そうか。残念だ」
シェイド様の言葉と共に、地面からぼこぼこと、私が塔で見たのと同じ巨大な髑髏がはえはじめる。
髑髏はむくりと起き上がった。
首の骨。鎖骨の骨。肋骨。肩。腕の骨。連なる背骨。
普通の人間を何倍にもしたぐらいの巨大な骸骨たちが、オーランドの兵士たちをその大きな骨の手で掴んだ。
そしてその骨の手に掴んだ人間を歯並びのいい口の中に、ぱくりと放り込んだ。
そこここで、悲鳴があがる。
武器を落とし逃げまどい、スナ狐たちも逃げていく。
「まぁ……素敵」
私は、うっとりした。
呪われたシェイド様の作り出したまさしく悪夢としか思えない光景が、あっというまにオーランドの兵士たちを飲み込んでいった。
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