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亡命者 1
しおりを挟むジョセフィーヌがいなくなり、テーブルの上には黒猫の姿に残ったマリちゃんだけが残された。
「なう」
マリちゃんが甘えたように声を上げたので、私はその体を抱き上げる。
「お母様……マリちゃん、ありがとうございます。おかげで私は、元気に生きています」
伝わるかはわからないけれど、私はマリちゃんを抱きしめてお礼を言った。
あの時マリちゃんが現れなかったら、黒の書をもらうことができなかったら。
私はきっと、今この場所にはいなかっただろうから。
「お前は魔女の娘だったのだな、キャス」
「はい。ごめんなさい、シェイド様。シェイド様に酷いことをした魔女の娘でした、私」
「それはいい。別に、酷いとも思っていない」
「でも」
「お前はキャスだ。黒の魔女ではないし、ジョセフィーヌでもない。私は呪われて当然で、魔女を騙した父や王家が悪いだろう。母もな。知っていたかどうかは知らないが」
シェイド様はテーブルに触れる。
「それで、どうする?」
「私はシェイド様の呪いをとくことができるみたいです」
「あぁ」
「つまり、私にも魔女の力があるということ」
「そうだな」
「シェイド様の呪いをときますね」
そこで──私は急に心配になってしまった。
シェイド様もサフォン様のように私を捨ててしまったら。
けれど、それも仕方ないわよね。私は呪いに興味があって、シェイド様に会いたかったのだ。
今は、まるで昔から一緒にいるみたいに居心地がいいけれど。
シェイド様はあつかましい私に付き合ってくれているだけかもしれない。
私は塔にいてもいい。でも、シェイド様はどこにでもいくことができる。
一人になった私は、ジョセフィーヌお母様のようにどこかに引きこもって、ひとりぼっちで趣味に没頭するのかしら。
他の魔女のように。やがて退屈になって、悪い道具を作ったりもして。
そんな生活を二百年。
そこに顔立ちのよい男性が訪ねてきたのだとしたら、コロッと騙されてしまうわね。
うん。ジョセフィーヌお母様の気持ちもわかる。
「帰りましょうか、シェイド様。ここにはもう何も残っていないみたいです」
「あぁ」
家の中をひとしきり探索して、何もないことがわかった。
シェイド様に声をかけて、私は少し名残惜しく思いながらも塔への帰路に着いたのだった。
シェイド様は何か言いたげな顔をしていたけれど、結局何も言わなかった。
私たちが塔に戻ると、塔周辺では異変が起こっていた。
塔を守る監視塔の兵士たちが縄で縛られて、地面に転がされている。
縄で縛っているのはアベルさんだった。
アベルさんの他にも多くの兵士たちや、それから何故か立派な身なりをした方──オリヴァー様がいらっしゃる。
直接話したことはないけれど、私が断罪された結婚式にも出席していたので、顔は知っている。
「アベルさん!」
「……何事だ」
私とシェイド様は、空からひらりとアベルさんたちの元へと降り立った。
「キャス! やっぱりここにいたか!」
「私を探していたのですか?」
「あなたを探していたというよりも、シェイド様に会いに来たのです。アベルの話を聞くうちに、アベルの元に魔道具を売っていた魔道具師キャスとは、キャストリン様のことではないかという話になり」
オリヴァー様は胸に手を当てて、恭しく頭をさげた。
その横で、アベルさんも礼をする。アベルさんは私の顔を知っていて、オリヴァーさんは私の顔と本当の名前を知っている。
私の話が出たとしたら、私が魔道具師キャスだと気づかれてしまうのは無理もないことだ。
でも、何のためにここまで来たのかしら。
私を助けに……という雰囲気でもなさそうだし。
「俺たちは早い話が、シェイド様の元に亡命しに来たんだよ。この国はもう駄目だ。だから、シェイド様のお膝元で新しく国をつくろうって思ってな!」
アベルさんは快活に笑った。
シェイド様は腕を組んで、軽く首を傾げた。
塔の中に、オリヴァー様の連れてきた使用人やご家族や兵士の方々と、アベルさんの部下の方々を招き入れる。
イドちゃんたちがお掃除をしてくれているので、塔の中は清潔に保たれている。
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