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黒の魔女の住居

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 古地図を作った数日後、私たちはいよいよ黒の魔女に会うため出発した。
 はじめはベッドで寝ることやお風呂に入ること、美味しいものを食べることにやや警戒気味だったシェイド様だけれど、数日したら慣れてくださった。

 まぁ、それはそうよね。
 だって幽閉されるまではお城で生活していたのだし。
 硬い床やら窓辺で眠るよりもベッドで寝た方が気持ちいいもの。

 水浴びよりも温かいお湯に入って、石鹸で体を洗った方が気持ちいいし。
 私は快適な生活が大好きなので、ちゃんと洗髪剤も常備している。
 どことなくカビ臭かった塔は、今や私の働きもののイドちゃん――数体いるので、イドちゃんたちのおかげで、それはそれはピカピカに保たれている。

 広いお部屋には豪華な家具が置かれていて、ちゃんと絨毯も敷いてある。
 私のお気に入りの花が描かれたオシャレ絵画に、裸婦像――は、飾ろうとしたらシェイド様に怒られたのでやめておいた。

 ともかく、塔の最上階はすっかり素敵なお部屋に変わった。
 それから、シェイド様のお召し物も、体に触らないようにしながらなんとか採寸して、何着か購入した。
 
 だって魔力でお洋服を作ってきていたら、呪いがとけたときに魔力を失ったシェイド様は全裸になるわけで。
 それはちょっとどうかなって思ったのよね。

 そうこうしていたらあっという間に数日経っていたというわけ。
 シェイド様はもう私に怒らなくなったし(はじめから怒っていなかったけれど)、そもそも物静かな人だ。
 私が魔道具を作ったり、呪物集めをしたりしている間、静かに私を見ていた。
 もうずっと前から一緒に住んでいたかしら、というぐらいの馴染みっぷりだった。

 クイールちゃんは絨毯に寝そべっていて、マリちゃんもソファに寝そべっている。
 あれ? 私ここにずっと住んでいた?
 みたいな快適さだったために、お出かけすること忘れそうになっていた。

「ついつい塔の中にずっといそうになってしまいました。塔の中では誰も私の邪魔をしませんし、誰かの来訪にびくびくする必要もありませんものね」
「お前は魔道具師であることを隠していたのだったな」
「はい。公爵家を継いだ叔父夫婦というのが、お金づかいが荒くて。魔道具師として稼いだお金に気づかれたら、根こそぎ奪われてしまうかもしれませんし」

 私はマリちゃんと一緒に、馬ぐらいの大きさになったクイールちゃんに乗っている。
 クイールちゃんはばさばさと翼を羽ばたかせて、晴れた空を飛んでいた。

 空を飛べる人というのはあまりいないのだと、私はアベルさんから教えて貰った。
 そんなわけだから、飛び上がるときはこっそりと、飛んだら高度をあげて鳥と区別がつかないようにしている。
 
 といっても、飛ぶときは夜が多かった。夜の方が人に見つかる可能性が少なかったからだ。
 こうして青空をせいせいと飛べるのは嬉しい。
 
 シェイド様は背中から翼をはやして、私の隣を飛んでいる。 
 魔道具も使わずに、生身の体で長時間空を飛べるなんてすごいことだ。
 呪いの力が失われたら、それもできなくなってしまうだろうけれど――。
 でも、そうしたらクイールちゃんに乗って一緒に飛べばいいわけだから、特に問題ないわよね。

「あ! 地図ではここですね、この森――グラギオラス大森林の中央。惑星の墜落地と呼ばれている、誰も近寄らない不毛の地です。ここには呪いから生まれた生物がいっぱいいますからね、所謂魔生物です。魔生物は襲ってきますから、危険です」
「倒すか?」
「まぁ、私に任せてください」

 私は深い森の中央にある木々がまばらにはえた赤い大地にクイールちゃんを下降させながら、細い笛を取り出した。
 赤い大地に着地すると、隆起した低い岩山にあいた数々の洞窟の中から不穏な気配がする。
 そこからずるずると、赤い粘着質な、巨大なヒトデみたいな生き物があらわれる。

「レッドスターワームですね」
「こいつらに名前があるのか?」
「基本的には魔生物はただの魔生物です。ですが、分類するために名前をつけました。私が」
「レッドスターワームと?」
「はい。そう繰り返されるとちょっと恥ずかしいですが、赤い星の虫です。ぴったりじゃないかなって」

 うねうねとずるずるとこちらに這い寄ってくるレッドスターワームの群れに、シェイド様が手を翳した。

「倒せばいいか、キャス」
「待ってくださいね、私たちがここに来てしまったから、襲ってきただけなのです。この子たちは大地に満ちる呪いから生まれました。別にうまれたくて生まれたわけではないので、倒してしまうのは可哀想です」

 私たちがここにこなければ、大人しくしていたのだ。
 魔物は何も食べない。ただそこにいるだけの存在である。
 ただ――本能的に人を襲う。そういう風にできているのだ。

 私はぴゅー! っと笛を吹いた。
 レッドスターワームたちの群れは、今まさに私たちにその体を手のひらのように大きく広げて襲いかかってこようとしていた。
 けれど、笛の音色を聞いた途端にするすると巣穴の中にもどりはじめる。

「何をしたんだ」
「これは、魔物操りの笛です。魔生物を操ることができます」
「……もう驚くのは無駄な気がしてきたが、すごいな」
「魔物操りの笛は、魔女たちの標準装備みたいなので、すごくはありませんよ。魔女の皆さんは、外界と関わらないために住居の周囲を魔生物で固めていることがほとんどみたいですから」
「何故、外界と関わらない魔女の恨みを、父はかってしまったのだろうな」
「聞いてみましょう。何事も、聞くのが一番早いですから」

 と――いっても。
 私は聞けなかったのだけれど。
 ルディク様に、私のことが嫌いですか? とも。
 叔父夫婦に、私の両親になにかしましたか? とも。

 でもきっと――いつか。
 罪には罰がくだるものだ。
 人の感情とは重い。罪を重ねれば恨みがうまれる。恨みを集めれば――罰がくだる。
 呪いとはそういうものなのだと、呪い収集家の私は知っている。

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