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魔道具師キャス
しおりを挟むシェイド様は胡乱なものを見るよな目で私を見据えて、それから艶やかな銀の髪を手でぐしゃりと掴んだ。
「理解に苦しむ。私が誰なのかわかっているのか、お前は」
「この国の第一王子シェイド様です。生まれた時に黒の魔女の呪いをかけられた方で、呪いによって類い稀なる容姿と才能を与えられたのに、触れるものはみんな切り裂いてしまうとか」
「この姿形も、才能なども、何の役にも立たない。私は生まれた時に呪われ、お前の知る呪いの噂どおり、触れるものを皆切り裂いてしまう」
「まぁ……素敵」
「素敵なものか。何があったかは知らないが、ここに連れてこられた恐怖で気でも触れたか」
私は先ほど、呪物や呪具が好きなのだと言ったばかりなのに、シェイド様はご理解いただいていないのね。
嘘は言っていないのに。
「私はいたって正常です。呪われたシェイド様のことも怖くないですし、大きな髑髏なんてこれっぽっちも怖くないですし、むしろ大好物です」
「私に触れるとその身はズタズタに切り裂かれるのだぞ。そんな男の花嫁にどうやってなると言うのだ」
「本当に切れてしまうのですか?」
「何故嘘をつく必要がある」
「ちょっと触ってみてください」
「馬鹿か、お前は」
「試しに、少しだけ、ほんの少しだけでいいですから」
「……どうなっても知らないからな」
私のしつこさに負けたのか、シェイド様は差し出した私の指先に軽く指先を触れ合わせた。
ピリッとした電撃のようなものが腕に走ったと思ったら、私の指先にぴっと、一直線に傷が入って、傷口から赤い丸い玉のような血液が膨らんでぽたぽたと落ちた。
「思い知ったか、愚かな女。さぞ懲りただろう。これ以上痛い目を見たくなければ、くだらんことを言っていないでさっさと出ていけ」
「痛い……」
好奇心から触ってもらったけれど、指先が切れたら痛い。
血も出ているし、痛い。
私は痛いのが苦手だ。じわじわ涙が出てきた。だって痛いのだもの。
「お前が触れと言ったのだろう! 泣くな。大した傷じゃない。……泣くな、女。その、なんだ……すまなかった……」
シェイド様が慌てている。
私がここにきてからのシェイド様の言動って、とってもいい人って感じだ。
少なくとも、今まで私のそばにいた叔父家族とか、ルディク様とかその周辺の人たちよりはずっと優しい。
「キャスって呼んでくれるまで泣き止みません」
「……嫌だ」
「どうしてですか? 呼ぶだけですよ。呼ぶだけ。怖くないし、痛くない」
「……名を呼ぶと、情が湧くだろう」
「情? 情っていうのは何でしょうか、好きっていう気持ちですか?」
「そのようなものだな」
「じゃあ何にも問題ありませんね。私はあなたの花嫁です。ですので、どうぞどうぞ、好きになってください」
「……指から血を出して恐怖に泣きながら、何を言っているんだお前は」
「痛いから泣いているんです、恐怖に怯えてるわけじゃないです。痛いと泣くんです、私は人間ですから。だから、シェイド様。呼んでください。キャスって呼んでくれたら傷も治しますし、泣き止みますので」
シェイド様は空中で腕と足を組んで、しばらく考え込むように黙っていた。
私は辛抱強くシェイド様を待った。
指は痛いし、血は流れるし散々だったけれど、名前を呼んでもらうチャンスだもの。
「────キャス」
「はい! あなたの花嫁、キャスですよ。ふつつかな女ですが末長くよろしくお願いいたしますね」
「…………覚悟を決めてここまできた、と。つまり、それぐらい辛いことがあったのだな、お前には」
「あるようなないような、ないような、あるような。ともかく、お約束通り傷を治します。私、実を言えば公爵令嬢でありながら街でこっそり魔道具師をしておりまして」
「魔道具師?」
「はい。この国にある呪物や呪具を集めて集めて、それを組み合わせて、新しいものを作るという職業ですね」
「お前は魔女なのか?」
「違います。魔法の力はないのですけれど、魔力のこもった道具によって、魔女と似たような力を使うことができます。それで作ったのが、この万能傷薬」
私は叡智の指輪の力を使って、万能傷薬を取り出した。
私の手のひらの上にぽわんと浮かんだ可愛い小瓶を、シェイド様はしげしげと見つめている。
小瓶の蓋を開けると入っている緑色の軟膏を指先につける。
すると、傷はすぐに塞がった。
「ほら、治った」
「……本当だな」
「こういった道具は趣味で作っているのです。時々売っては、お金を稼ぎます。でもあまり目立ってしまうと、私がキャストリンだとばれてしまうかもしれないので、こっそりしていました」
「知られると、何かいけないのか?」
「はい。屋敷に閉じ込められたりお仕置きされたりするのは嫌でしたので。自由を手に入れるためにこっそりしていたのですね。ですが、婚約も破棄されましたし、呪いの塔送りになった私は自由。さらにさらに、憧れのシェイド様にまでお会いできるなんて、私はとっても運がいいと思っています」
私がにこやかに言うと、シェイド様は眉間に皺を寄せた。
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