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キャストリンは呪いが好き
しおりを挟む人間が――空中に浮かんでいる。
巨大な髑髏も凄かったけれど、空を飛ぶ人も凄い……!
こんなに沢山の不思議を浴びてしまって、私はもう――自分が抑えられないかもしれない。
でも、落ち着いて、キャストリン。
私はシェイド様の花嫁なのだから、しとやかに優雅に、きちんと公爵令嬢として振舞わなくてはいけない。
公爵令嬢なんてとっくに肩書だけってわかっているけれど、亡くなったお父様とお母様に恥じない自分でいたいものね。
「はじめまして、シェイド様。キャストリン・グリンフェルと申します。グリンフェル公爵家の長女です」
「肩書など、この場では意味をなさない。立ち去れ」
「立ち去ることなどできないのです。王命により、シェイド様の花嫁になりにきたのですから」
「王命、だと」
シェイド様は私の傍にふわりと降りてきた。
螺旋階段の外側。手を伸ばしても届かない位置に。
遠目で見ても綺麗だったけれど、近くで見ても驚くほどに綺麗な顔をしている。
白に近い銀色の髪に、金色の瞳。睫毛は長く、鼻梁も高い。
白いきめ細やかな肌に黒い蔦模様がよく映えている。
この綺麗な顔も、魔女の呪いなのかしら。魔女の呪いは――人の造形も、変えることができるのかしら。
全身に浮き出た蔦が、呪い?
近づくものを切り裂くというのなら、私が触れたら私の指先も、すぱっと切り落とされてしまうのだろうか。
「王とは、父――サフォンのことか」
「いいえ、サフォン様は一年前にお亡くなりになりました。ご病気です」
「では」
「私に花嫁になれと命じたのは、シェイド様の弟君で、現国王のルディク様です。ルディク様は私の元婚約者でしたが……まぁ、この話はどうでもいいです。大切なのは、私が、あなたの花嫁という事実だけですから」
「いや。待て。キャストリンと言ったな」
「キャス、もしくはキストとお呼びくださいまし」
私の名前は長い。それに、私は――魔道師としての私は、キャストリンと名乗ってはいない。
シェイド様にも親しく呼んでいただきたい。
そしてできれば親しくなりたい。
「……色々言いたいことがあるが、お前は先程の髑髏を見ただろう?」
「巨大な髑髏。人は死んだら骨になりますから、人の死を単純に表した姿かたちとしては、あまりにも正しい造形です。そして、ただ大きい。これもまた、恐ろしいものです」
「……今までも幾人かの人間がここに来た。あのようなものを見せれば、震え、怯え、逃げ出した。お前は何故今もまだ、ここにいて私と話している」
訝し気に尋ねてくるシェイド様に、私は両手を大きく広げた。
手に持ったカンテラの明りが、シェイド様の美しい顔を照らし出す。
足も手も長い。長く幽閉されているにしては、衣服も整っている。
黒いジャケットの長い裾の裏地は赤く、金色の繊細な飾りがシェイド様の優雅な造形に似合っている。
こんな辺鄙な場所で閉じ込められて、お洋服はどうしているのかしら。お風呂は、食べ物は?
シェイド様は呪いを受けているから、そういったものは必要ないのかしら。
様々な疑問が胸を過る。できればそのあたりを詳しくお聞きしたい。
私の事情なんてどうでもいいから、シェイド様のことが知りたい。
「私はあなたの花嫁ですので、逃げません、当然です」
「……何を言っているんだ、お前は。ここに送られてくる人間は罪人だ。私に殺させるため、私に食わせるために。王国の連中は、私を人を食う魔性だと思っている」
「人間、食べますか? あの、左腕でいいのなら」
「食わない」
「食べませんか……」
シェイド様は人間を食べない。
私は頷いた。覚えておきましょう。では一体何を食べて生きているのかしら。
「お前は罪人なのか? 私はルディクを知らないが、何故婚約者をこのような場所に送る。お前は死ねと言われたのだぞ」
「私のことなどどうでもよくて、私はシェイド様に興味があります。とてもとても、興味があります」
私は階段の手すりに捕まって、シェイド様に向かって身を乗り出した。
「危ない。落ちる」
「では近づいて来てください。このままではお話がしにくいですし、階段で立ち話というのもなんですから、お部屋に案内してください」
「……何があったかは知らんが、ここからお前を出してやる。今までもそうしてきた。だから、塔から出て好きな場所に行くといい」
「嫌です」
「一階の扉を開いた。西に向かえば兵士にはみつからないだろう。森は危険だが、逃げ切れるまで私が守護を施そう。行け」
「嫌です」
「私が恐ろしくて、逃げることもできないのか?」
「そうではなくて、私はあなたの花嫁です。それに私、呪われたものが……呪物、呪具が、とても好きなんです。だからここは、この世の楽園です」
「お前は、なにを言っているんだ……?」
シェイド様は本当に、何を言っているんだこいつは、みたいな顔で言った。
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