上 下
53 / 53

終章

しおりを挟む


 自己紹介をさせて欲しい。

 私は『リディス・アマリア・ハインゾルデ』

 異種族の国、新生セレネ王国の王であるジルベルト・ユール・ハインゾルデ様の、最高に可愛く美しい完璧な伴侶だ。

 異種族の国『新生セレネ王国』には、先頃まで名前がなかった。国に名前がないのは不便なので、王の側近の一人であるシュゼルと相談して、古代語で『月』を意味する名前をつけた。
 明るい太陽ではなく、優しい月明かりを国名として選んだのは、王であるジルベルト様の黒に近い深い赤い髪と、金色の瞳が夜を連想させるからだ。私の銀色の髪も相まって、二人で並ぶと月と星のようだと仕立て屋のアイリスさんが、うっとりと言っていたこともかなり影響している。

 元々エヴァンディア王国の、フォンテーヌ公爵家の令嬢だった私は、種族で言えば人族の美少女だった。
 けれど、ジルベルト様の正式な妻にして頂いた日に、私は人ではなくなったらしい。
 正式な妻になる前にジルベルト様の魔力に慣らされた体に、体を繋げた夜に更に多量の魔力を送り込まれた事がきっかけだったのか、ある女神によって死の淵に晒され、世界の創造神によって生き返らせて貰ったことがきっかけなのかはわからないけれど、ともかく私の中身は今までとは別のものに変わってしまった。
 外見が変わったというわけではない。一番大きな変化は、魔力の流れを感じる事ができるようになったということだ。
 人族には魔力を感じる事ができない。それが分かるのは、魔族か、魔族と人が番い産まれる半魔だけだ。
 つまりは、そういう事なのだろう。

 魔力は色や香りのように、その方々の側に行くと感じられる。例えば異種族の王ジルベルト様の持つものは、すべてを焼き尽くす圧倒的な炎のように、人蛇族の王アスタロトの持つものは清廉な水のように、人狼族の王リアは鬱蒼と木々のしげる静かな森のように、精霊族の王シュゼルは物言わぬ美しい鉱物のように。
 ジルベルト様にとって私は、甘い果実のように感じられるらしい。
 私の中に流されたのはジルベルト様の魔力なのだから、自身と同じように感じるのが本当だと思う。
 ただ単に、私の事が愛しいからそんなふうに思うだけな気がするけれど、「どれだけ貪っても、食い足りない」なんて低い声で言われてしまえば、頬を染めて頷く事しかできない。

 近頃の私は初恋を知ったばかりの少女のようで、そういった仕草をしてしまうのはジルベルト様と二人きりのときだけにしようと気を付けているのだけど、なかなかうまくいかない。
 とはいえ、私は私の変化を好意的に受け止めていた。
 世界を変えるのは愛であり、愛とは何よりも強いものだ。
 美しく賢く神の作り出した芸術である私が愛されるのは当然なのだけれど、等しく愛情を返すだけでなく、自ら誰かを愛する事を知った私には最早死角はないということだ。つまりは、最強というわけだ。
 メルクルの言葉を借りれば「リディちゃんの可憐さはさいつよ」である。

 人の国と異種族の国を隔てていた結界が消えて、再び異なる種族が共に歩もうと交流をはじめている。
 エヴァンディア王国の王ラファエル様は、国交を結ぶためという名目で頻繁に私の元を訪れては宰相のハミルトンに連れ戻されている。
「王位はもう、ハミルトンに譲る。シンシアは元女神なんだから、王国を治める立場でも問題ないだろう。俺はリディスの愛人候補としてこちらの国に永住する」と言って、ハミルトンを困らせていた。シンシアさんは、ハミルトンが娶ったのだという。シンシアさんとはあれから会っていないけれど、もし会うことができたらならゆっくりお話をしたいものだ。

 国が繋がったことで、久々にフォンテーヌ家にも帰ることができた。
 クライブは「流石は私の女神」といって私を抱き上げて、久々にお嬢様尊いの舞を踊ったあと、「お久しぶりです、ハインゾルデ様。そして、はじめましてジルベルト様」と恭しく礼をして、ジルベルト様を困惑させていた。
 記憶にある過去のクライブとは随分様子が違うと言って笑ったあとに、私が約束通りクライブに血をあげようとすると「絶対駄目だ」といって怒っていた。
 私は既にジルベルト様のものなのに、相変わらず嫉妬深くて可愛らしい。
 お兄様は泣きながら私を抱きしめたあと、「リディをよろしくお願いします」とジルベルト様に深々と頭を下げた。
 私に似て賢いお兄様は、私がジルベルト様のことを心底愛しているのに気づいているようだったし、ジルベルト様が粗野な見た目に反してとても優しい方だとすぐに理解したようだった。
 ちなみにクライブは、ジルベルト様の元には帰らずにお兄様のもとで執事を続けるという。
「フォンテーヌ家には、尽くしても尽くしきれないぐらいの、大きな恩がありますので」と言って、それでも長らく仕えていたハインゾルデ様の気配を持つジルベルト様や、私と離れる事を名残惜しそうにしていた。

 そして案の定、ジルベルト様を見たお母様の喜びようは凄まじかった。
「リディちゃん、よくやったわ! これでお母様は、あなたと屈強な奴隷騎士がどこかで出会う事を夢見なくてすむわ!」というので、ジルベルト様は再び「奴隷騎士ってのはなんだ、また浮気するつもりかリディス」と怒っていた。
 また、とは心外だ。
 私は一度も浮気なんてしていない。

 人と異種族との交流は、今のところ穏やかに行われはじめている。
 これから色々な問題が起こるのだろうが、それはその都度対処していけば良い。
 私ならば、問題無く良い国を作れるだろう。

 なんたって私は最高の美少女で、隣には愛するジルベルト様がいてくれるのだから。

 私は、お母様に散々あちこち触られて、やや疲れた様子のジルベルト様を見上げる。
 どうした、と見返してくる明けの明星を思わせる金の瞳をみつめて、極上の微笑みを浮かべてみせた。

「ジルベルト様、私……、たくさん子供が欲しいですわ」

 それは伴侶としての義務なのだけど、それだけではない。
 産まれた時から家族に恵まれなかったジルベルト様を、幸せにしたい。
 今は心からそう思う。

「俺はもう少し、お前を独占したいんだが、駄目か?」

 髪を撫でられ、甘えるように言われると、幸せで胸が満たされる。
 私はジルベルト様の首にはしたなく抱きついて、「誰よりも、愛しておりますわ」と、幾度も繰り返した飾り気のない言葉で溢れる感情を伝えた。


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(6件)

梅乃
2021.01.12 梅乃

やり直しでも嘘偽りなく自分の道を突き進む、さいつよで美少女で気高いリディちゃん。
とっても素敵なお話で一気読みしました!

ナルシストで誇りを持っていて自分のすべきことを考え実行し、時々人を自覚なくディスってしまうリディちゃん大好きです!

本人にディスってるつもりがないところがまた面白くてシリアスな場面でもリディちゃんのせいで笑ってしまうこともありました笑

完結お疲れ様でした!

解除
にぃる
2020.07.05 にぃる

初めまして!
完結となっていたので、安心して一気読みしたのですが、読み終わって楽しい御話で幸せいっぱいになりました!
ヒロイン思考が最強だなー思いながら、そんなヒロインがかっこよくて大好きです。
綺麗に終わっているので、後日談ほしい気がするのですがこのままでもいいような、、でもヒロインとヒーローのイチャイチャもみたいような、、と葛藤が生まれるぐらい素敵な御話でした。
また時間をつくって読みに来ます(*´ω`*)

束原ミヤコ
2020.07.06 束原ミヤコ

感想ありがとうございます。
とっても楽しく書かせていただいたお話なので、楽しんで頂けたようで嬉しいです。
いつかいちゃいちゃさせたい!とは思っているのですが、リディスの性格的に蛇足になってしまいそうで、なかなか書けずにいます。また機会がありましたら是非、覗いてやってください。

解除
Kikka
2020.05.28 Kikka

完結されていたので、イッキ読みしてしまいました❗

リディスの斜め上の考え方が一周回って正統な考え方に感じてしまい、笑ってしまいました。
ポジティブ過ぎるヒロイン、良いですね。
でもラファエル様はお気の毒というかなんというか…
でも、一途でしたね。ちょっと怖いけれど。

面白かったです。ありがとうございました。

束原ミヤコ
2020.05.28 束原ミヤコ

お読みくださり、ありがとうございます。

ひたすら前向きなリディスは書いていてとても楽しかったです。
ラファエルは確かにちょっと可哀想かもしれませんね…
でもたぶん、リディスの自称一番目の愛人として、皆と張り合いながらそれなりに楽しく暮らすんじゃないかなとは思います。

解除

あなたにおすすめの小説

ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。 もう一度言おう。ヒロインがいない!! 乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。 ※ざまぁ展開あり

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。