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再会の夜

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 レオンハルトの帰還に、ユースティス家はいつもよりも賑わっていた。
 領地の復興に資金を使用するため、長らく倹約を心がけていたが、今日だけはと豪勢な食事が食卓には並び、高価な酒も振る舞われた。

 ルティエラも、グレイグやレオンハルトに勧められるままに少し、飲んだ。
 ルティエラの酒に酔ったため起こったレオンハルトとの邂逅は、もちろんグレイグたちは知らない。

 なんとなく居た堪れない気持ちになったが、久々に口にする酒はやっぱり美味しかった。

「レオンハルト。いつまでこちらにいることができる?」
「しばらくは。抵抗勢力もほぼ潰しました。中央の政治もかなり落ち着きをみせています」
「ベルクント様は、慈悲深く賢い方だからな。戦には向かないが、政治には向いている。王としてあれほどふさわしい方もいない」

 グレイグの問いに、レオンハルトが答えるのを、ルティエラは赤葡萄酒を口にしながら聞いていた。
 顔立ちはにていないが、仕草や口調がどことなく似ている。
 血は繋がっていないが、本当の親子なのだと感じる。それがとても微笑ましかった。

「騎士団の出番も減るでしょう。半年、クレスルードを連れ回して、補佐官としてかなり使えるようになりました。俺の不在の時は、ロネと共に代わりを務めさせています。ですので、しばらく王都を不在にしていても、問題はないかと」
「それならよかった。早々に、ルティエラさんと婚礼の儀式を行うべきだ」

 まさか自分の名前が出るとは思わず、ルティエラは驚く。

「ルティエラさんは、お前の不在の間よくやってくれていた。私と共に領地の復興を手伝ってくれてな。お前が不在で不安だったろうに、不安な顔ひとつ見せずに、いつも笑顔で。領民たちはルティエラさんを、ユースティスの聖母と呼んでいる」
「聖母ですか」
「あぁ。もちろん、悪い意味ではなく。だが、まだ結婚もしていないというのに聖母というのものな。領民たちは勝手に、お前の妻だと思っているのだ。お前とルティエラさんの婚礼を、心待ちにしている」
「俺も、ティエとすぐにでも結婚したいと考えています。しかし、色々と準備があるでしょう」
「それなら大丈夫よ、レオンハルトさん。もう、準備はできているわ。あとはあなたの帰りを待つだけだったの」

 ぱちんと手を叩いて、ルーネが嬉しそうに言った。
 レオンハルトの視線が、ルティエラに移る。ルティエラは頬を染めて、小さく頷いた。

「気が早いと、思ったのですけれど。滞在中、お母様にとても優しくしていただいていて。服の採寸のついでと、ドレスの採寸も終わらせて……かつてお母様が着た婚礼着を、縫い直していただいたのです」
「新しいものじゃなくていいのか?」
「私がお願いしたのです。ルーネお母様のドレスがいいのだと。レオ様は、お嫌ですか?」
「そんなことはない。君がいいのなら、俺もそれで」

 準備が整い次第、婚礼の儀式をあげるということで話がまとまった。
 自分が罪人だと思っていた時、ルティエラはレオンハルトの迷惑になりたくないと考えていた。
 いつかは離れなくてはいけない。
 レオンハルトの愛情を信じていたが、彼の負担になりたくはなかった。
 
 それが、今は嘘のように晴れやかな気持ちで結婚を受け入れることができる。
 何もかも失ってしまった。けれど、新しく家族ができた。
 血の繋がりがなくても、ルティエラにとってレオンハルトやグレイグやルーネは、エヴァートン家の失われた家族よりもずっと家族だった。

 湯浴みを済ませたルティエラは、侍女たちの選んだ薄手のネグリジェを着てレオンハルトの訪れを待った。
 騎士団寮でルティエラの世話をしてくれた方々である。
 すでに、レオンハルトとルティエラが深い関係にあることを知っている。

 そのため、いつもよりも肌や髪を磨く手にも、下着やネグリジェ選びにも慎重になっているようだった。
 ああでもないこうでもないと言いあいながら選んでくれたネグリジェは、下着が透けて見えない程度の薄手のもので、リボンとフリルに飾られた可愛らしいデザインだった。

 その代わり、下着は布の面積が少ない。白いレースが申し訳程度に大切なところを隠しているが、あまり下着としては意味をなさないものである。

 気恥ずかしく思ったが、レオンハルトが喜んでくれるかもしれないと、ルティエラは恥を偲んでそれを身につけた。
 侍女たちの応援が追い風になり、これぐらいは頑張らなくてはという気になったのだが、レオンハルトの訪れを待つ間、ずっと落ち着かなかった。

 似合わないと思われたら。まるで、誘っているようで、はしたない女になってしまったようで。
 レオンハルトがそういった趣向を嫌っていたらどうしよう。
 こんなに不安になるのなら、もう少し酒を飲んでおくべきだったと、ルティエラはネグリジェの裾を掴む。

 ややあって、寝室の扉が開いた。
 湯浴みを終えたのだろう、しっとりと金の髪を濡らしたレオンハルトは、肩からかけて腰紐を絞めるだけのローブを着ている。

 パタンと扉が閉まり、内鍵をかける音が響いた。
 レオンハルトが寝室に入ってきただけで、部屋の温度が上昇していく気がする。
 半年前の愛された日々の記憶が蘇り、ルティエラは頬を染めた。

「ティエ、会いたかった。君と会えない日々はまるで、拷問を受けているかのようだった。ティエ」
「レオ様……っ」

 ルティエラの心配をよそに、レオンハルトは真っ直ぐにベッドに座るルティエラに近づいてくる。
 腰に腕を回して、とさりとベッドに押し倒した。
 体重をかけないようにしながら覆いかぶさって、ルティエラの頬や首筋に唇を落とす。

「ティエ、ティエ……本物だな。君に飢えて、幾度も夢を見た。可愛らしく笑う君も、恥ずかしがる君も、淫らに俺を求める君も。目覚めると君がいなくて、何もかも投げ捨てて君の元へ帰ろうかと思うほどだった」
「レオ様……私も、お会いしたかったです。あなたの御身に何かあったらと思うと、心配で」
「半年も不在にして、すまなかった。だがもう、それも終わりだ。戦は終わり平穏が訪れれば、遠征もなくなる」

 優しく髪を撫でられて、うっとりするような熱のこもった瞳で見つめられる。
 遮るもののない美しい瞳には魅了の力はないが、ルティエラだけは、その瞳にずっと魅了をされている。
 ルティエラにだけ効果のある、恋の呪いがかかっている。

「もう少し落ち着けば、騎士団長の座を退いてもいい。君と共に、ここで領地を治めながら暮らしてもいいと考えている」
「嬉しいです、レオ様。私もずっと、寂しくて。ずっと、抱きしめていただきたかった」
「抱きしめるだけでいいのか?」
「……意地悪です」
「甘えてくれるのだろう?」

 指先が唇を撫でる。
 ルティエラは太く固い指先を、唇で食んだ。

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