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魔女の呪い

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 クラリッサは物心ついたときには、ここは物語の中の世界だと気づいていた。
『聖女と四人の守護騎士』という、クラリッサが──別の世界の少女だったとき、熱心に読んでいた物語の世界である。

 その物語の主人公はクラリッサで、天候を操る聖女の力を生まれながらにして持っていた。
 物語の中のクラリッサは、その力をずっと隠していた。
 聖女だと知られてしまえば、国に仕えなくてはいけない。
 それを知っていて、己の力を恐れていた。皆に知られることで、優しい家族と離れるのが嫌だったのである。

 けれどある日、王太子アルヴァロが外遊の最中に嵐に遭遇して王都に戻れなくなっているところに遭遇する。
 クラリッサは親切心から、彼の為に力を使ってしまう。
 このときクラリッサは相手を王太子とは知らなかった。そしてアルヴァロとクラリッサは運命的な出会いを果たす。
 
 聖女がみつかったのだと国中大騒ぎになり、クラリッサはアルヴァロに見いだされる形で聖女と認められる。
 聖女になりたくなかったクラリッサだが、アルヴァロに支えられながら徐々に聖女になる決意を固めていく。
 
 アルヴァロと共に学園生活を送り──ここでは、後々、クラリッサをアルヴァロと共に取り合う三人の貴公子に出会う。
 その中でもクラリッサの推しは、アルヴァロの実の兄であることを隠している仮面の騎士団長レオンハルトだった。
 
 なんせ仮面をとると、絶世の美男子というところがよかったのだ。
 全てのキャラクターの中でも群を抜いて綺麗な顔をしているという設定で、女嫌いで少し偏屈で、だからこそ好きになった女性には一直線で一途で愛が重い。

 聖女クラリッサを巡って、アルヴァロと対決をするところなんて最高だった。

 それなのに。何もかも、クラリッサの望むようにはいかなかった。
 本当なら庭園で運命の出会いを果たす筈のレオンハルトは、いくら学園の庭園に通っても現れなかった。

 レオンハルトと出会うきっかけになるはずのルティエラは、クラリッサに何もしてこない。
 アルヴァロに大切にされる聖女クラリッサに嫉妬をしたルティエラが、クラリッサに嫌がらせを繰り返すはずだったのに。
 その嫌がらせに耐えかねて逃げ込んだ庭園で、クラリッサはレオンハルトと出会うのだ。
 
 その際、偶然仮面が外れて、彼の素顔を見てしまう。
 彼の瞳には魅了の力がある。それは赤子のころに魔女にかけられた呪いである。

 その呪いは、クラリッサには効かない。魅了が効かない女ははじめてだとレオンハルトはクラリッサに心を開き、クラリッサの聖女の力が魅了の呪いを解くのである。
 
 そして、最終的にはアルヴァロとクラリッサをかけて決闘をする。クラリッサのために国を滅ぼそうとするレオンハルトのダークヒーロ的な一面も、クラリッサ──の中身の少女は好きだった。

 だから色々と頑張ったのに。
 悪女のルティエラが何もしないから、ルティエラの取り巻きたちにお願いして、自分を虐めてもらった。
 やる気がないルティエラに腹が立ったし、エヴァートンの花なんて烏滸がましいあだ名で呼ばれているのも嫌いだった。
 嫌な女のくせに。物語の途中で断罪される悪女のくせに。役に立たない上に──聖女をさしおいて、皆から敬われるなんておかしい。

 だから頑張ってルティエラを悪女に仕立てあげて断罪したのに、アルヴァロは何故かルティエラを処刑せずに生かしていた。
 どうして殺さないのかと尋ねたら「処刑をするほどの罰ではない。それに、あの女が苦労する姿を見ていると溜飲が下がるのだ」と言っていた。

 なるほど、それは少し理解できる。
 レオンハルトに会えない鬱憤を、思い通りにならない鬱積を、全てルティエラにぶつけた。
 
 凍えるほどの雪を降らせたし、舞い上がる落ち葉で体が切れるほどの突風を起こしたし、雨も降らせた。
 服も髪もぐちゃぐちゃにして、怪我をしながらも文句も言わずに雑用をしているルティエラを見ていると、少しは気が晴れた。
 
 悪女には似合いの仕打ちだ。
 アルヴァロは確かに愛してくれるけれど、それだけじゃ足りない。レオンハルトに会いたい。
 情熱的に愛を囁いて欲しい。クラリッサのために国を滅ぼす彼が見たい。

 そう願っていただけだったのに──どうして。

 クラリッサは今、断頭台に乗せられている。
 本来ならばそれは、ルティエラの役割になるはずったのに。
 
 国王が、アルヴァロが、首を落とされ絶命するのを目にして、これは悪い夢だと、クラリッサは思う。
 そもそも物語の中に生まれ変わるなんてあるわけがない。
 ずっと悪い夢を見ている。ただそれだけのこと。
 夢の中で何人人が死のうが、どうでもいい。

(でも、夢じゃなければ……?)

 多くの民が、悪女に罰を! と、騒いでいる。
 悪女はルティエラだ。自分ではない。

(悪いことなんて、何もしていないわ……!)

 とうとうクラリッサの番になり、目隠しをされた。
 両手はきつく縛られて、体も足もまるで蓑虫のように縛り付けられて、身動き一つとれない。
 息苦しさを感じる。見えてはいないのに、剣が振り上げられるのがわかる。

「私は何もしていないわ! こんなのはおかしい! 私は聖女なのに!!」

 クラリッサの声に、答える者は誰もいない。

「呪ってやる! こんな国滅んでしまえばいい、終わらない嵐に見舞われて、水の底に沈め!」

 体が冷や汗でまみれる。
 心臓が痛いぐらいに高鳴っている。
 ごうごうと風が渦巻く音を聞いたのを最後に、クラリッサの意識はぷつん、と、途切れた。
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