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断罪の日
しおりを挟む城の前には、多くの民が押し寄せていた。
城の前庭には首枷と手枷のはめられた、トーラスやアルヴァロ、ルドメクや、聖女クラリッサが並んでいる。
エヴァートン家の者たちは、戦乱の最中にすでに討たれている。
王政派の者は各地で反乱の狼煙をあげた反乱軍により押しつぶされて、追従か滅びかを選択させられていた。
それも、これで終わりなのだろう。
民の前に晒されているトーラスたちの元へと、ルティエラは案内された。
壇上にはリューゼやスクイドが剣を持ち立っている。
ベルクントがレドリックを連れて現れると、レオンハルトや彼らは臣下の礼をした。
ルティエラもそれに倣って礼をする。ベルクントの隣で、レドリックは緊張した面持ちで、実父トーラスと向き合っている。
ベルクントの瞳の奥底には怒りが滲んでいたが、それ以上にトーラスの瞳は苛烈な憎しみと憤りで燃えさかり、今にも呪い殺しそうな呪詛の籠った視線をベルクントやレオンハルトに向けていた。
「ルティエラ……! おそろしい魔女め、全てお前が仕組んだのか……! レオンハルトを懐柔し、反乱を起こすように仕向けたのだな!? 大人しい顔をして、聖女を恨みこのような……」
「黙れ、アルヴァロ。聖女を騙った魔女の罪を詳らかにするため、ルティエラをここに連れてきた」
レオンハルトのよく通る声が、厳かに響く。
トーラスの治世により搾取されてきた民はその終焉に熱狂し、聖女を崇める者たちからは不満の声があがる。
「静粛に!」
「王の御前だ。慎め」
リューゼとスクイドが高らかに声をあげる。
「我らを反逆者と誹る者もいるだろう。しかし、我らは正当なる王の血筋、レドリック様とベルクント様をいただく官軍である。国王トーラスの悪行は皆が知るところだろう」
「トーラスは、多くの者を傷つけ、ルドメクは王政を意のままに操り搾取を繰り返してきた。心ある者を投獄し処刑し、王城を血に染めた。そしてアルヴァロは、ルティエラをよく調べもせずに断罪し、その身を苦境に陥らせた」
レオンハルトの言葉をベルクントが継いだ。
名を呼ばれ、ルティエラは俄に目を見開く。
この場に何故自分が──と、思っていた。エヴァートン家に生まれた者として、この場に呼ばれたのかと。
レオンハルトの指示で、かつてルティエラの友人だった令嬢たちが数名、縄を打たれて連れてこられた。
ルティエラは友人だと思っていたが──違うのかもしれない。
「この者たちは、かつてルティエラの指示にて聖女を虐めたと証言した者たちだ。だが、事実は違う。皆の前で真実を証言せよ」
レオンハルトが淡々とした声音で告げる。
令嬢たちは恐怖に顔を青ざめさせて、震える声で口々に言った。
「申し訳ありません……! 聖女様にそう証言するように指示をされていたのです!」
「聖女様が、自分を虐めろ、と……! 本来ならばルティエラ様が自分を虐めるはずなのになにもしないからといって……意味は分かりませんでしたが、我が家を優遇してくださるというから」
「聖女様のお心次第で、家が繁栄するのだと言われたら、断れず……! ルティエラ様を陥れることに協力をしました……!」
彼女たちの悲痛な証言に、人々は非難の声をあげた。
「なんてひどい!」
「ルティエラ様は、無実の罪をきせられたのか!?」
「聖女様が何故、ルティエラ様を貶める必要があるのだ……!」
本当に、その通りだ。
聖女として盤石な立場を持つクラリッサが、わざわざルティエラを貶める必要があるとは思えない。
何故そんなことをしたのか理解できず、ルティエラは戸惑いの視線を彼女たちに向ける。
「嘘よ! 私はそんなことはしていないわ!」
「黙れ、クラリッサ。お前は気を病んでいるのだろう。この世界を物語と言い、自分はその中の登場人物だと信じている。お前の考えた筋書き通りに物事が運ばないと、間違っているのだと騒ぎ立てる」
聖女はおかしいのだと、ルティエラはレオンハルトから聞いていた。
この世界は物語であり、自分はその中に出てくる主人公であると信じている。
アルヴァロも、レオンハルトも、それからその他何人もの貴公子たちが、彼女を崇拝し、愛さなくてはいけない。
そういう風に、この世界はできているのだという。
その妄想の中にクラリッサは住んでいる。
妄想の住民には何を告げても無駄だ。哀れむ必要はない。
──そんなことがあるのだろうか。
かつて、他の魔女たちを虐殺した聖女もその妄想の中に住んでいたのだろうか。
だから、残虐なことを行っても平気だった。
そうだとしたら、少しは理解できる。
「気を病んでいるだけならまだいいが、お前の妄想にルティエラを巻き込み、本来ならば犯さなくていい罪を、多くの者に犯させた。お前の存在は国を乱す」
「私は聖女よ! 私の祈りは雨を降らせ、嵐を遠ざけ、国に豊穣をもたらすの!」
「同時に、干魃を起こし、嵐を起こし、洪水を起こす。お前は俺がルティエラを愛することが気に入らず、アルヴァロを唆し、ルティエラをアルヴァロの手込めにさせようとしたな。彼女を救おうとした俺を殺すため、雷を落とし森を焼いた。味方の兵士たちごとだ。そのものたちの傷は未だ癒えず、死人も出たが、お前は悔いてもいない」
「どうでもいいわ、そんなこと! どうせここは物語の世界なんだから、兵士が何人死のうとたいしたことじゃないもの!」
開き直ったように、クラリッサが叫ぶ。
「レオンハルト、私はこの頭のいかれた女を聖女だと信じ、従ってしまっただけだ。私は無実だ、どうか、助けてくれ……!」
化け物でも見るような目をクラリッサに向けて、アルヴァロが助命を懇願した。
ルティエラはその声に、その顔に、与えられた苦痛を思いだして、レオンハルトの腕をきゅっと掴んだ。
顔は毅然とあげたままだが、どうしても、心の奥底には恐怖がある。
それを隠すことはできない。隠す必要もない。今は──レオンハルトが傍にいてくれる。
「俺が救い出したとき、ルティエラは顔を殴られ、口から血を流していた。首を絞められた跡もあった。そのような暴力を行ったことが、自分の意志ではないとでも?」
レオンハルトは片手でルティエラを庇うように抱いた。
人々からは悲鳴のような声があがる。
多くの民が、ルティエラの救出に向かうレオンハルトの姿を見ている。
晴れた空から落ちる雷も、唐突な嵐も、そして、焼ける森も目にしている。
過去の冤罪の真実味を、その事実はよりいっそう後押ししていた。
「あの場で斬り殺されなかったことを感謝しろ。猶予は与えた。だが、お前も、クラリッサと同じ。他者の傷を理解せず、本来ならば歩めたはずの栄華に満ちた王道を、踏み外した」
「同情の余地はない。生かしておけば再び我が国は滅亡の憂き目に晒されるだろう。聖女を謀る魔女を、そして、国を傾ける者どもに死を。これで、お別れだ、兄上」
ベルクントの言葉に、人々からは歓声があがった。
懐疑の声は熱狂へと変わっていた。
それがルティエラにはおそろしく感じられた。
人の死を喜ぶことはどうしても、できない。
「ベルクント! 地獄の底から貴様を恨み続けてやる。家族を手にかける罪を知れ!」
「その罪を抱えて生きる覚悟はすでにできている。兄上……トーラス。我が妻の悲しみを、そして、貴様の道楽で不幸になった者たちの悲しみを、痛みと共に知るがいい」
「ルティエラ、父を助けてくれ……お願いだ、ルティエラ」
「……私はもう、エヴァートン家の娘ではありません、エヴァートン公」
父の呼びかけに、ルティエラは悲哀の感情で押しつぶされそうになりながら、答えた。
憎んではいない。二度と、関わりたくないと思っていた。
ただそれだけだ。
それでも──その存在が国を傾け、多くの者を不幸にするのならば。
その罪は、命を持って償わなくてはいけないのだろう、きっと。
殺せ、と。
民が声だかに叫ぶ。
ベルクントもレオンハルトも、誰も喜んでなどいなかった。
そして、トーラスとアルヴァロ、そして聖女を騙った魔女クラリッサと、公爵ルドメク、それに連なる者たちの処刑が執り行われることになった。
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