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出迎え
しおりを挟むルティエラがユースティス家で過ごす間、レオンハルトはスクイドやリューゼ、そしてクレスルードやロネの呼びかけで反王側に寝返った兵士たちと共に城を占領し、トーラスやそれに連なるものたちを捕縛した。
トーラスに従い抵抗する諸侯を時に懐柔し、時に武力にして降し、神速の速さでの抵抗勢力の平定戦はたった数週間でさして犠牲も出さずに終焉を迎えた。
トーラスやアルヴァロ、そしてトーラスの傍で確固たる地位を築いていたルドメクが捕縛された時点で、砂上の楼閣の崩壊はもはやどうにもならないぐらいまで進んでしまっていた。
それでも、ユースティス家やカルア辺境伯家が中央の政治を牛耳ることを危惧し、反発するものたちの抵抗は続いた。
特に父を捕縛されたエヴァートン家の嫡男は、レオンハルトたちを逆賊と呼び、国王陛下を救うのだと各地に檄文を飛ばしたが、従うものは少なかった。
レオンハルトがエヴァートン家を降した時点で、もう抵抗勢力はほぼいなくなっていた。
「もっと早くに、君に会いにいきたかった。だが、エヴァートン家は君の生家だ。戦場で押し潰されるエヴァートン家を、君に見せたくなかった」
「大丈夫です、レオ様。それは必要なことだと理解しています。戦、ですから。ユースティス家で、ベルクント様と話し、グレイグ様とも話しました。レオ様の正しさは、よくわかっているつもりです」
「……ありがとう、ティエ。君が理解してくれていると思うと、とても心強い」
ルティエラを迎えにきたレオンハルトは、馬車の中で状況を説明してくれた。
ベルクントたちや、グレイグを連れての道行だ。馬車には厳重な警備がなされて、仰々しい騎馬兵たちの行列が長く続いている。
「傷は、大丈夫か……? もう、痛まないか? 共にいられず、すまなかった。皆に城の制圧を任せて、君と家に戻るわけにもいかなかった」
「もちろん、わかっています。ご無事をずっとお祈りしていました」
「君は物分かりがよすぎる。もっと、俺をせめてくれ、詰って、嫌ってくれてもいいというのに。俺はそれだけのことを、君にした」
レオンハルトは、少しルティエラと距離を置いていた。
あえて触れないようにしているようだった。傷つけないように、慎重に扱ってくれているとでもいうべきか。
それが少し寂しく、ルティエラは拗ねたような気分で、ユースティス家で用意してもらっているドレスのスカートを軽く摘んだ。
「レオ様に助けていただいたので、私はそれで十分です。レオ様はいつも、私を守ってくださいますでしょう?」
「守れていない。君は、怪我を」
「もう治りました。怪我は治るのです。濡れた服は乾くし、傷は塞がります。王国を抉る大きな傷は、レオ様が治してくださいました。私の心にあった大きな傷も、レオ様が塞いでくださいました」
「君を巻き込むつもりはなかったとは、とても言えない。俺は君を利用した」
「利用なんて思っていません。でも、利用するほどの価値が私にあるのなら、レオ様の役に立ててください。あなたの役に立ちたいのです」
何もかもを失ったルティエラを欲してくれたのは、レオンハルトだけだ。
ルティエラの忘れた約束を覚えていてくれた。
手を差し伸べてくれた。
それだけでは、ないけれど。
苦しみを抱えているのに清廉なままの心が、信念を持って生きるその姿が好きだ。
「でも、それだけでは嫌です。私はあなたが好きです。レオ様も、私を」
「無論だ。愛している。ただ一人、君だけを愛している」
「でしたら……その、抱きしめて、くださいませんか。ずっと、不安でした。お会いしたかった。顔の傷も、綺麗に治りましたでしょう? ですから、少しは見られる姿になったと、思うのです」
「どんな姿でも君は美しい。可憐な俺の花だ、ティエ」
レオンハルトは対面で座っているルティエラを引き寄せると、強く抱きしめる。
それから、景色を見るために開いていた窓のカーテンを、片手で閉めた。
ルティエラはその音を聞きながら、安堵した。
大胆なことを言ってしまった手前、気にしないようにしていた。けれど馬車は兵士たちに囲まれている。馬車の中で抱き合えば、見られてしまうだろう。
誰に見られても構わないと思えど、やはり恥ずかしかった。
逞しい腕に抱かれてようやく、レオンハルトが戻ってきたのだと実感することができた。
レオンハルト背中に、腕を回す。軍服のしっかりとした布が、飾りが体に当たり、少しゴツゴツと痛い。
「私は物分かりのいい女ではないのですよ、レオ様。顔を見ることができたら、すぐに抱きしめてくださると、期待していました。それなのに、レオ様は私に触れてもくださらないから、少し、拗ねていました」
「……君が、傷ついているかと」
「傷つきません。エヴァートン家が取り潰されるのは、そのような振る舞いを父がしたから。国王陛下や王太子殿下が捕縛されたのは、そのような振る舞いをしたからです。それよりも、レオ様がご無事で帰ってきてくださったことのほうが、私にとってはずっと大切なのです」
「ティエ……」
レオンハルトはルティエラを強く抱きしめた。
すっぽりと包み込むように、もう離さないとでもいうように。
ルティエラはレオンハルトの胸の鼓動を聞きながら、微笑んだ。
家族だった者たちの末路はきっと、いいものではないのだろう。哀れみは感じるけれど、助命を乞おうとも、彼らのために泣こうとも思えなかった。
それは、レオンハルトへの裏切りになる。
王政の影で苦しんでいた者たちへの裏切りになる。
だから、前を向かなくては。レオンハルトの隣にいるために、最後までしっかり、見届けなくてはいけない。
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