悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ

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信じて待つ日々

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 ◇

 アルヴァロの元から救出されたルティエラは、ユースティス家に避難を命じられていた侍女たちと共に、レオンハルトの用意した護衛兵に連れられてユースティス家に向かった。
 
 ユースティス家では、レオンハルトの父グレイグと、母ルーネ、そしてベルクントが出迎えてくれた。
 詳しい事情を知らないままにユースティス家に到着したルティエラは、ルーネから熱烈な歓迎を受けた。

 レオンハルトの女嫌いは徹底していて、誰とも結婚をしないつもりなのだとルーネは諦めていたのだという。
 ルティエラのことはレオンハルトから先に手紙を貰っていた。近々連れていくので、大切にして欲しいと言われていた。
 エヴァートン家でのルティエラの扱いを知っていて、以前から心を痛めていたのだと──ルーネは色々と、ルティエラに話しをしてくれた。
 
 実の娘のように大切に扱われて、アルヴァロにおわされた傷を見てルーネは涙さえ流してくれた。
 辛かったわね、痛かったわね、もう大丈夫──と、ルティエラを抱きしめて泣くルーネの腕の中で、ルティエラはエヴァートン家では一度もこんな風に扱われたことはなかったと考えていた。

 もし怪我をしようものなら、例えばそれが紙で薄らと手を切っただけでも「お前は、王太子の婚約者だ。体に傷をつけるなど自覚が足りない」と、両親にはひどく叱られていた。
 
 だから、怪我は隠さなくてはと。痛いときも痛いと言ってはいけない、顔に出してはいけない──と、気をつけ続けていたのに。

 ルーネも、そしてグレイグも。
 実の両親以上に、ルティエラを気遣い大切に扱ってくれた。
 
 ユースティス家で傷を癒やしている間、ルティエラはベルクントと、そしてレドリックや、ベルクントの息子スクイドの細君やその息子とも話をして過ごした。

 ベルクントから何故ユースティス家にいるのかという事情を聞き、レオンハルトが反乱軍の旗印になっていることに少なからず驚いた。
 だが同時に、納得もしていた。
 聖女を魔女だと知り、トーラスやアルヴァロがどういった人間かを近くで見ている──その上、トーラスの所業のせいで命を失いそうになったレオンハルトが、王家に忠誠を誓うことなどないだろう。

 きっと、トーラスやアルヴァロが真っ当な人格者なら、そんなこともなかった。
 だが今のルティエラは、アルヴァロがどういう男か、そしてトーラスがどういう男かよく理解している。
 
 目を閉じて見ないふりをしていた。懲罰期間が終われば、貴族とも王家とも二度と関わることはないだろうと、安堵さえしていた。
 つまりは、逃げようとしていたのだ。なにもかもから。
 殴られた痛みとともに、舌を噛みきりそこねた痛みとともに、閉じた瞼を無理矢理こじ開けられたようだった。
 
 スクイドの細君も古くからの友人のように、ルティエラによくしてくれた。
 スクイドの息子はまだふわふわとした頼りない体をした幼子で、ようやく一歳になったばかりなのだという。ユースティス家に匿われて、おおよそ三年。
 
 別邸を与えられて過ごす間に身籠もり、子を生んだ。恥ずかしいことだと言う細君に、共に話しをしていたルーネは「子を生むとは、それがどんなときであっても尊いことです。恥ずかしがる必要などありません」と、熱心に説いていた。
 
 ルーネとグレイグは子に恵まれなかったという。
 だから余計に、子供というものを大切に考えているようだった。
 
 トーラスの落胤であるレドリックは十歳。亡くなってしまったシレーネによく似た美しい男児で、その性格もシレーネに似て慈悲深く、優しい少年だった。

 トーラスの血が流れているのに、アルヴァロとはまるで違う。
 同じ血が流れているのにトーラスやアルヴァロとは全く違う、レオンハルトと同じだ。

「ルティエラ。その傷、大丈夫ですか? 痛まないですか?」

 そう、自分も痛みを感じているような顔をして、顔や首にガーゼをはりつけたルティエラを心配してくれた。

「兄上も、リューゼ様も、レオンハルト様も。皆、優しく立派な方々です。ここにいれば安全です、ルティエラ。もう怖いことは起りません」

 まだ幼いのに、ルティエラが辛くないように声をかけたり、庭の花を摘んでもってきてくれたり、お茶会の準備をしてくれるレドリックはとても可愛らしく、ベルクントやスクイドがトーラスに渡さずに大切にしている気持ちがよくわかった。

 シレーネという貴婦人は、本当に優しい人だったのだという。
 シレーネのことを語るときに声をつまらせるベルクントの姿を見ていると、心が痛んだ。
 そして同時に、怒りを感じた。

 多くの人々が苦しんでいる。
 だから、レオンハルトは剣をとったのだ。
 ベルクントを匿い、反王派をまとめあげて、旗印となった。
 
 そんなレオンハルトの清廉さが誇らしく、愛しく、また、心配だった。

 どうか無事でいてと、女神に祈り続けた。
 信じて待つことしか、ルティエラにはできない。それが、歯がゆかった。

 レオンハルトがルティエラを迎えにきたのは、顔の傷がすっかり癒えた頃。
 ユースティス家で暮すようになってから、数週間後のことだった。


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