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救出
しおりを挟むアルヴァロを守ろうとする私邸を守護する兵士たちは、現れたレオンハルトに戸惑い、剣をおく者も多かった。
騎士見習いの時分から、共に過ごした者も多い。
それに、辺境の鎮圧に向かう前、レオンハルトはアルヴァロの従者のように扱われていた。
それ故、護衛兵たちとは顔見知りで、それなりに親しい間柄だった。
皆、アルヴァロやトーラスを快く思わないながらも、給金の為に働いている者たちだ。
王家に対する忠誠心の高さでいえば、レオンハルトの父グレイグの右に出る者はいないだろう。
そのグレイグが王家を見限っているのだから、末端の兵士たちの心情は推して知るべしである。
それでも刃向かう者は、ロネの槍で、クレスルードの剣で倒されていく。
流れた血に滑る廊下を突き進み、クレスルードの案内で屋敷の中に作られた貴人のための牢の前に辿り着いた。
貴族の屋敷には、心を病んだ者や、うつる可能性のある病気にかかった者を閉じ込めるための部屋が作られている場合が殆どだ。
その部屋に、ルティエラは閉じ込められている。
「……ティエ」
臓腑が煮えるような怒りが、腹の底から湧きあがってくる。
脳が焼け付く。アルヴァロに対する怒りもあるが、そう仕向けた己が憎くて仕方ない。
口先では守ると言いながら、彼女を巻き込んだ。
予想が予想通りにぴたりと重なってしまうことが、これほど苦痛とは。
罪悪感と憎しみと怒りで心が軋んだ。その感情のままに、鍵のかかっている扉を強引に蹴破った。
二三度、靴底で扉を蹴りつける。鍵の壊れる感触と共に、扉が開く。
小さな明かりとりの窓には、鉄の格子がはめられている。
薄暗い部屋の中央にはベッドが置かれている。そのほかには、小さなテーブルがあるぐらいで何もない部屋だ。
鋭く視線を部屋に走らせる。ベッドの上には誰もいない。
壁際に、男の後ろ姿がある。女の白い足が、床に投げ出されている。
ルティエラに覆い被さっているアルヴァロが、驚いた顔で振り向いた。
レオンハルトがこの場にいるはずがないとでもいうように、驚愕に瞳が見開かれている。
「ティエ!」
レオンハルトは一直線にルティエラに駆け寄る。
起き上がり剣を抜く暇も与えずに、アルヴァロの腹を蹴りあげ壁へと弾き飛ばした。
アルヴァロは壁にぶつかり、べしゃりと床に倒れ伏す。
ロネとクレスルードは立ち上がり暴れようとするアルヴァロを押さえつけて、縄で縛った。
「レオンハルト、どうしてここに! ロネ、クレスルード、裏切ったのか!? クラリッサはどうした!」
クレスルードに背中から押さえつけられて、後ろ手に縄で縛られているアルヴァロは、信じられないとでもいうように大声で怒鳴る。
王太子に無礼を働いているということにクレスルードは一瞬怯んだが、ロネは何もこたえずに、動けないように足をしばり、アルヴァロの腰の剣を外した。
「私は聖女と共にあるのだぞ!? 何故、裏切るようなことができる! 聖女を失えば、この国は滅ぶかもしれないというのに!」
「魔女の力は確かに脅威だ。だが、その力を持つのはただの人。力に奢り、好き放題に使えば、そこにあるのは滅びでしかない」
レオンハルトは「その不愉快な口を黙らせろ」と、ロネに伝えた。
ロネは頷き、アルヴァロの口に、クラリッサにもそうしたように布を噛ませる。
「ティエ、無事か、ティエ……っ」
床の上には、殴られたのだろう、顔を赤く腫らしたルティエラが糸の切れた人形のように倒れている。
ドレスは乱れて、ところどころちぎれていた。
口の端からは、赤い血が滴っている。
心臓が冷たく凍り付く。アルヴァロに対する怒りと、己に対する怒りとで、四肢がばらばらにちぎれてしまいそうだった。
慎重にその体を抱き上げて、乱れた髪を撫でて抱きしめる。
ルティエラの手が緩慢に動き、レオンハルトの服をそっと握った。
「……レオ様」
「すまない。すまなかった、ティエ。全て、俺のせいだ」
「助けにきて、くださったのですね……嬉しい」
悲痛な声で名前を呼び、何度も謝罪をするレオンハルトに、ルティエラは微笑む。
美しい碧眼に涙の膜が張った。ぱちりと瞬きをすると、はらりと涙がこぼれる。
「私、抵抗しました。レオ様が来てくださると信じていました。……何も、されていません、私はレオ様のもの。約束、しましたから……」
「ティエ……あぁ、ティエ。すまなかった。なんてひどい……全て、俺のせいだ。俺を恨め、怒ってくれていい」
「ごめんなさい、こんな姿で。顔も、こんな……舌を噛もうとして、失敗、してしまって……」
「謝るな。舌を噛むなんていわないでくれ。君がいなければ、俺は生きていけない。すまなかった、ティエ」
こんなことになったのは全て、自分のせいだ。
華奢でやわらかい体を壊れないように慎重に抱きしめて、レオンハルトはルティエラの髪に顔を埋める。
一歩間違えたら、もう少し遅ければ、ルティエラの体は冷たくなっていたかもしれない。
それを考えるだけで、恐怖で体が震えて、指先が冷たくなった。
「──俺は君を傷つけてばかりいる。それでも、君を手放すことができない。すまない」
「離さないでください、レオ様。あなたとの愛だけは……唯一の美しいものだと、信じています」
レオンハルトはルティエラを抱きしめる腕に力を込めた。
もう二度と、手放さない。
苦しい思いもさせたりしない。
彼女のためなら、腕も足も、心臓ですら捧げることができる。
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