悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ

文字の大きさ
上 下
63 / 74

クラリッサの秘匿

しおりを挟む


 レオンハルトとロネはたった二人だが、クレスルードを筆頭としたアルヴァロの私邸を守る兵は、ざっと見て数十人ほど。
 見張りの砦がいくつかあるために、全て合わせるともっと多い。
 普段からアルヴァロは多くの兵士に身辺警護をさせている。
 
 王弟の反乱の噂を聞いてからというもの、慎重になっていた。
 だが、切り抜ける自信はある。百万の兵を相手にしても、愛した女性を救いに行く。

 それぐらいのことができなくては──ルティエラを、巻き込むべきではないのだ。
 レオンハルトはそれを十分理解している。

「私はルティエラ様にずっと脅されていて……っ、ルティエラ様は自分を哀れに見せるために、私に自分を虐めろと言うのです。雪も雨も、命じられたから降らせたのです」
「何故ティエがそのようなことをする必要がある」
「哀れな姿を見せれば、誰かが手をさしのべるでしょう。多くの男性を味方につけるため……レオンハルト様も騙されたでしょう?」

 ルティエラと少しでも言葉を交わせば、そんな女性ではないことはすぐに分かる。
 少なくとも、レオンハルトはそれを知っている。
 あの健気さも、真面目さも、真っ直ぐさも──哀しさも。
 誰よりもよく知っている。
 
 生まれながらに不遇な立場に身を置いて、少しも穢れない清廉な心を、レオンハルトは愛している。
 ルティエラはただ一人で、その心を、壊れないように砕けないようにずっと守っていたのだ。

 エヴァ―トンの花という仮面を、王太子の婚約者という仮面を被り続けていた。 
 今はその仮面は剥がれ落ちてしまっている。

 誰にでも分け隔てなく優しく、明るく、生真面目な彼女を皆に知られることに嫉妬を感じないでもないが、彼女は一途にレオンハルトを想ってくれている。
 ──ただひとりの愛する女性だ。
 
 今更、その程度の言葉で揺らぐとでも思っているのか。
 全ての人間を自分の支配下におけるとでも、自分の味方になるとでも思っているのか、聖女は。
 聖女ではない。
 クラリッサは、ただの、魔女だ。

「私は、レオンハルト様の悩みも苦しみも理解しています…! ルティエラ様もきっと、あなたを甘い言葉で騙したのでしょう? けれど、私のほうが、あなたを分かっているの!」
「……俺の何を分かっているというのか、聖女」

 はらはらと涙を流しながら、クラリッサは言いつのる。

「あなたには呪いがかかっているでしょう? その仮面の下にあるのは醜くなどはない、誰よりも美しい顔だわ。強く、気高く美しい、あなたは魔女に呪いをかけられた。私なら、その呪いをといてあげられる。だって私は、聖女だもの!」
「呪いをといてあげられる、だと? それは異なことを言う。俺がそれを、お前に頼んだか?」
「怖がる必要はないの。私に全て任せて、レオンハルト様。あなたは呪いのせいで顔を隠さなくてはいけなくて、苦しい思いをしてきたのよね? 私なら、レオンハルト様を救えるわ! 私はあなたの味方よ」

 アルヴァロは、クラリッサは己の苦悩を分かってくれたと言っていた。
 なるほど、こういうことか。
 自分の過去も立場も抱えている事情も話したわけでもないのに、クラリッサには知られている。
 そして、訳知り顔で「救える」と言うのだ。

 私にならあなたが理解できる。
 私はあなたの味方。
 あなたを分かってあげられるのは、私だけ。
 救ってあげる。

 どの言葉も、胸糞悪い救世主メシア気取りの、性根の腐った女のものだ。
 その救済の言葉は、児戯に等しい。

 下手な役者が自分の演技に酔いながら、台詞を棒読みで口にしているようだった。

 醒めた苛立ちがレオンハルトをより冷静にさせていた。

「俺がお前に救済を願ったか? 思いあがるな。ただの雨乞いの分際で。そこを退け。お前の言葉に従うのは、頭の悪い愚か者だけだ」
「そんな、酷い……っ」
「全ての者が、お前を聖女と敬い傅くと思うのは大きな間違いだ。邪魔だ、雨乞い。俺のティエを返してもらう。俺の忠誠は、すでに王家にはない。歯向かいたい者は剣をとれ、切り捨てられる覚悟があるのならな!」

 レオンハルトが剣の柄にてをかけると、クレスルードが青ざめた。
 クラリッサに説得をされるとでも思っていたのか。
 それとも、剣を重ねるまでに至らないとでも、レオンハルトが愛する女を奪われて、奪ったものに忠誠を誓い続けるとでも、甘い考えを持っていたのか。

「どうして……!? どうして何もかも、うまくいかないの! 私は聖女なのに! やっとレオンハルト様をみつけたのに、どうして私を好きになってくれないのよ!」
「何を、愚かなことを」
「ここは物語の世界で、あなたは私の一番好きな登場人物だったのよ!? あなたは王に捨てられた第一王子で、魔女の呪いがかかっている。その呪いをとくのは私。それなのに、いつもルティエラが私の邪魔をする!」
「……頭がおかしくなったか」
「皆が私を、愛さなくてはいけないの。愛してくれるはずなのに……! 私は聖女、雨乞いなどではないわ!」

 意味の分からないことを叫ぶ聖女から、兵士たちもクレスルードもやや怯んだように距離を置いた。
 クラリッサが両手を広げると、突風が起こり森の木々がざざざと音を立てて揺れた。
 晴れた空に稲光が光り、鋭い破裂音を響かせながら雷が木々を切り裂き、火の手があがる。

「あなたなんていらない。聖女の力を思い知って! 皆、ここにいるのは悪女に心を売った反逆者よ、殺しなさい!」
「しかし……!」
「クレスルード様、私を信じてくださらないの……!? アルヴァロ様と私に従うのが騎士でしょう? 私も共に戦います、だから、反逆者を始末しましょう……!」

 ──魔女とは、皆、このような者たちなのだろうか。
 だから過去、聖女は国王に取り入り、他の魔女を殺せと命じた。
 全ての人間が自分の前に跪かないと我慢ができなかった。自分が魔女だと知る者がいては、聖女を名乗った魔女にとっては都合が悪かったからか。

 レオンハルトは剣を抜いた。
 ロネも、嵐にも雷にも怯えることなく、馬上で槍を抜く。

 雷にうたれれば無事ではない。だが──おそろしいのは、天候を操るその力だけ。
 目の前にいるのは、ただの女。
 それも、弱い女だ。

「──調子に乗るな、魔女め」

 レオンハルトは馬上から鐙を蹴って跳躍すると、クラリッサの間合いへと一瞬で入った。
 瞬きをする間にその喉元へと剣をつきつける。
 クレスルードは動かなかった。鈍器で頭を殴られたように呆然としながら、棒立ちになっている。
 向かってくる兵たちを、馬を駆りながらロネが長槍で弾き飛ばした。
 
 落ちる雷に打たれる者もあれば、地を舐める炎に体を焼かれる者もある。
 呻き声と悲鳴と、逃げ惑う声がごうごうとなり続ける嵐の中に亡者の声のように広がった。
 クラリッサの力は、暴走しているように見えた。
 だがあえてそうしているようにも思える。
 人を人と思っていないような傲慢さが、彼女からは感じられた。

「喉を突かれて死にたいか、魔女。死にたくなければ、力を止めろ」
「どうしてよ……っ、どうしてうまくいかないの、せっかく、聖女になれたのに!」
「──逆らうのならば、死ね」

 だが、それには早い。
 恨みに鈍る剣で処刑をするのは、違う。

 レオンハルトは剣を逆手に持ちかえると、クラリッサの鳩尾を容赦なくその柄でついた。
 その体は大きく震え、くぐもった声をあげてぐったりと弛緩する。
 クラリッサが気絶したからだろう、雷と嵐がやんだ。

 ぐったりと動かないクラリッサを、レオンハルトはロネに渡した。
 そしてあらためて、剣を向けてくる兵士たちに向き直る。

「お前たちの命を石ころとも思っていない聖女を、お前たちは本当に聖女だと考えるのか? 魔女は天候を操る。王の心ひとつで、己の家族が旱魃で飢え、水害で、天災で死ぬことを考えろ!」

 人死には、少なくあるべきだ。
 兵は、王に雇われている。金のために働いている者も多い。
 彼らにも家族がいる。生活がある。そんなものたちを切り捨てたくはない。

「トーラスもアルヴァロも、俺からティエを奪おうとした。娘をさしだせ、妻を、恋人をさしだせと言われて拒絶をすれば、反逆者の汚名をきせられ、聖女によって苦しめられる。そのような世を、地獄と呼ばずになんと呼べばいいのか! 道を開けろ、俺はティエを救う!」

 雷に打たれ、炎に巻かれた兵士たちを庇うようにしながら、まだ無事であった兵士たちは、レオンハルトのために道をあける。
 クレスルードは地に片膝をついて、深く頭をさげた。

「申し訳ありません。私の目が、曇っていました。……レオンハルト様、どうかこの首を落としてください」
「そのようなことはしない。クレスルード、俺と共に来い。ロネを援護し、俺をアルヴァロの部屋まで導け。ティエを救う手伝いを頼む」
「は、はい……っ、御意に……!」

 ロネはクラリッサの体に縄を打っている。
 その口に布を噛ませて、馬に乗せた。

「兵たちは、傷の手当てをしておけ。炎の消火もだ。このままでは森が焼け、民に被害が出る。ロネ、クレスルード、行くぞ」

 レオンハルトはそう冷静な声音で伝えると、前方に姿を現しているアルヴァロの屋敷へと再び馬を駆けさせた。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる

狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。 しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で……… こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...