悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ

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聖女様の涙

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 侍女たちを逃がすようにユースティス家の暗部の者に伝えると、レオンハルトは馬に跨りアルヴァロの私邸まで駆けた。
 その途中、駆けるレオンハルトの馬に並走してくる者がある。
 
 それは、レオンハルトの従者のロネである。
 ロネ・ベアードはベアード家の長男で、ベアード家からはユースティス家の軍事力を担う優秀な武官が何人も輩出されている。
 
 レオンハルトが唯一、ユースティス家から連れてきた男で、従者という関係を隠してそれぞれ騎士団に所属し働いていた。ロネは、今は騎士団の第二部隊を任される立場である。

「レオンハルト様。ユースティス家に挙兵の手紙が届いたようです。東の方角から、狼煙があがりました。出立の合図です」
「そうか。ロネ、お前は城に残れ。内部から、スクイドたちを引き入れろ」
「それは暗部の者たちに任せました。私はあなたの援護を。敵の本拠地に一人で行かれるなど、無謀にもほどがある」
「愛する女をただ一人助けに行く。それが、英雄譚というものだ。──だが、俺は。ティエを、利用した。腕の一本、足の一本でも、彼女に捧げることができる。そうしなくてはいけない」
「ルティエラ様はきっと、そうは思っていませんよ。あなたは頭が回りすぎる。今、こうして激情にかられて行動をしているのは、ただひたすらに、愛ゆえでしょう」

 レオンハルトは頷くと、無言で馬の速度をあげた。
 街人たちが何事かと、突風のように走り去っていく黒衣の仮面の騎士と黒毛馬を見る。

「レオンハルト様だ」
「レオンハルト様だわ……!」

 そう、口々にレオンハルトの名前を呼んだ。何があったのかと顔を見合わせる街人に何も告げずにまっすぐに、レオンハルトはロネを連れて街を通り過ぎ、王都の端へと向かう。

 家々が連なる賑やかな中央から、王都の端へと向かうと、家も人も減っていき、広い牧場や畑や森や川など、牧歌的な風景が広がり始める。
 さらに馬を駆けさせると、森の中の一本道へと入った。
 
 森の奥に、アルヴァロの私邸がある。
 美しい湖の畔に、古城が立っている。古くから、王家の者たちが避暑地として使用している館である。
 アルヴァロはこれを気に入り──密会や、若い男女を集めてろくでもないパーティーを行う場として使用していた。

「レオンハルト様。殿下から、誰も通すなと言われています」
「クレスルードか」

 私邸の周囲には見張り小屋がある。見張りの兵たちを引き連れて、クレスルードが現れた。
 すっかりアルヴァロの犬のように成り果てている生真面目な男の名前を、レオンハルトは冷静に呼んだ。

「ティエをかえして貰いに来た。お前の目は節穴か、クレスルード。俺が何故に、ティエを傍に置いたか。あのように扱っていたのか、理解できないのだな」
「理解など! まるで性奴のように扱っておいて、よくもそのようなことが……!」
「お前も聖女に疑念を抱いていただろう。だが、気づかなかったのだな。雪も雨も、ティエにだけ降った。その理由に──半年も共に過ごし、気づかないとは」
「──聖女様が、あなたに話があると言っている」

 クレスルードは、愚かというわけではない。ただ、正義感が強く、周りが見えないだけだ。
 レオンハルトは彼を騙すようにして振舞ったのだから、その行動を煽ったのはレオンハルトの罪ではある。
 そこには嫉妬もあったのだろう。ルティエラと親しくし、ルティエラに懸想をしているように見えたクレスルードに腹が立った。
 レオンハルトは後悔をしていない。必要だったからそうした。そこには嫉妬の感情があった。
 それだけの話だ。
 自分が聖人ではないことぐらい、よくわかっている。

 だが──できれば、斬りたくはない。流れる血は少なくあるべきだ。
 人が人の命を奪うとは、異常な行為である。
 人の命を奪う立場にあればこそ、レオンハルトはそれをよく分かっているつもりだった。

 王の盾であるユースティス家は、命の尊さを理解しなくてはならない。
 戦争では多くの血が流れるからこそ、その血は限りなく、少なくあるべきだ。
 敵将の首だけを討つことができれば、それが一番いい。

「アルヴァロがどういう男か、知らないわけではあるまい。ティエはきっと、おそろしい思いをしている。時間が惜しい。道をあけろ」
「レオンハルト様!」

 クレスルードの背後から、甘えるような声が響いた。
 クラリッサが無防備にも、レオンハルトの前へと走り出てくる。
 それから、両手を胸の前で組んで、頭をさげた。

「レオンハルト様、どうか話を聞いてください。ルティエラ様は私を虐めた悪女です。あなたに何を言ったかは分かりませんが、あなたはルティエラ様に騙されているのです」
「……聖女様、何をおっしゃいます。ルティエラを、レオンハルト様が性奴のように扱っていると言って、心を痛めていたはずでは……」
「それは、アルヴァロ様にそう言えと命じられていたのです。皆が、ルティエラ様に騙されているから、そう嘘をつかなくては、誰も私の話を信じてくれなくなってしまうからと……っ、ルティエラ様はこの半年の間、健気な顔をして皆を手玉に取るようになりました。私は、あんなに怖い思いをしたのに……っ」

 大粒の涙が、クラリッサの瞳から落ちる。
 ──この女は何がしたいのか。

 レオンハルトは気味の悪いものを見るような目を、仮面の奥からクラリッサに向けた。

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