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ただひとつの美しいもの 2
しおりを挟むアルヴァロとルティエラには体格差がある。
男と女では力の差が歴然だ。力任せにおさえつけられると、手首に痛みが走った。
「あの男は、お前のことを名器だと言っていた。そんなことならさっさと抱いておくべきだった。だが、婚約者だったときのお前は可愛げがなかった。犯す気にさえならないぐらいには」
アルヴァロの口調は、いつの間にか乱暴になっていた。
その手が、ルティエラの太腿を指が食い込むぐらいに雑に掴み、ぐいっと広げる。
膝頭を合わせて足を閉じようとするが、アルヴァロの体がルティエラの開いた足の間に入り込み、片手でベッドにおさえつけられた。
「だが──あの男に犯されているお前を見た時から、抱きたくて仕方なかった。そのうち抱こうとは思っていたが、我慢ができないほどにはお前が欲しい」
「おやめください! あなたは私のことを、お嫌いなはずです……!」
「人の心とは変わるものだ。優秀さを鼻にかけているお前のことは嫌いだったが、ただの庶民に成り果てて、哀れに掃除をするお前を見ていると憐憫と愛らしささえ感じていた」
「あなたは、聖女様を愛していらっしゃるでしょう……?」
「はは。愛か。確かに、クラリッサは私の悩みを汲んで、欲しい言葉を与えてくれた。だがな、傍に置いたのは役に立つからだ。あれは、聖女だ。あれが傍にいれば、私の王政は盤石なものになる」
それに──と、アルヴァロは吐き捨てるように続けた。
「あれが、私以外の男にも媚びをうっていることを、私は知っている。あれの浮気を私は容認している。だから私がどこでなにをしようが、私の自由だろう」
ただひとつの愛があるのだと、綺麗なものを信じていたかった。
だが、それは違うのだろうか。
アルヴァロとクラリッサは、ルティエラの目から見てきちんと愛し合っているように見えたのに。
(私の目は、いつだって曇っている。何も見ることができていない。でも──)
「ルティエラ、お前は私を愛している。それを、思い出させてやろう。散々抱かれて慣れているのだろう、面倒な前戯などは不要だな」
「やめて! 嫌! 触らないで!」
「好きなだけ騒げ。叫んでも、誰も来ない」
ルティエラの心も、そして体も、レオンハルトだけのものだ。
美しいものなど、この世界には一つもないのかもしれない。
だとしたら、私が──そのただひとつとなろう。
「あなたのことなど、一度も好きだと思ったことはありません。ずっと──大嫌いでした」
ルティエラはきつく、アルヴァロを睨みつけて、はっきりとそう告げた。
ばしん! と、何かがぶつかる音がひびいた。
一拍遅れて、頬に焼けつくような痛みがはしる。
一瞬、意識が遠のいた。
「黙れ、ルティエラ。這いつくばって許しを請い、あなたが欲しいと懇願させるほどにいたぶってやろう」
今まで彼に穢された女性たちも、同じ目にあったのだろうか。
レオンハルトの声音はいつだって愛情に満ちていたのに。
アルヴァロの声には、自分勝手な怒りと嘲りしかない。
頬が痛む。指が動かない。叩かれた衝撃で、頭が、視界が揺れている。
それでも──この心も体も、レオンハルトだけのものだ。
ルティエラは、きつく唇を噛み、己を叱咤する。意識を失っている場合ではない。
穢されるのならば、自分の身は自分で守らなくてはいけない。
何もかもをなくしてしまったけれど、ただひとつ守りたいものが、できてしまった。
それは、レオンハルトが愛してくれた自分自身だ。
「くそ……っ、大人しくしていろ!」
「離して!」
ルティエラは渾身の力を振り絞り、首を左右に揺り動かした。
頭を持ち上げ、アルヴァロの腕に思い切り歯を立てる。
痛みに怯んだアルヴァロの体の下から、這いずるように抜け出して、扉に向かい転がるように駆ける。
アルヴァロがスカートを掴み、ルティエラは床に転がった。
「いい加減にしろ! 大人しくしていれば、痛い思いをせずにすんだものを!」
「来ないで! 私に触れたら舌を噛んで死にます! 私の全ては、レオンハルト様のものです!」
床に引き倒されて、髪を掴まれる。
叫ぶルティエラに向かい、アルヴァロは拳を振り上げた。
目をそらさずに、睨みつける。
その罪を、すべて覚えておけるように。
トーラスを恨んだ魔女も、今のルティエラのような気持ちだったのだろうか。
怒りとは、これほど強い感情なのか。
何も怖いとは思わなかった。ただ、レオンハルトとの愛を守ることだけに必死で、それ以外のことは何も考えられなかった。
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