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反乱 2
しおりを挟む今この場で、斬り殺せたら──どんなに、胸が空くだろう。
だが、それはできない。今は、まだ。
「お言葉ですが、陛下。そして、エヴァートン公。ルティエラはエヴァートン家からは除名されて、その身分は庶民に落とされています。庶民の娘を私がどう扱おうと、何の問題にもならないでしょう。お二人の関与することではないのでは?」
「だが、あれは私の娘だ。その事実が失われたわけではない」
「ルティエラをエヴァートン家に戻すつもりですか?」
「まさか! そんなわけがない、あのような罪人。聖女様がお悲しみになるだろう。殿下はお前が言うことを聞かないと嘆き、聖女様はお前がルティエラを物のように扱うことに、心を痛めておいでだ」
ルドメクは大仰に肩を竦めて、嘆くように天を仰ぎ片手で顔を隠す。
それから、冷たい目でレオンハルトを睨みつけた。
「ともかく、ルティエラを傍におくのをやめろ」
「私が王都を留守にしていた三年の間に、誰も彼もが、彼女をいらないといって捨てたのでしょう。ならば私のものにしたところで、構わないはずだ」
「顔がただれているから、まともな女を傍におけないのだな、レオンハルト。それはそうだ。情交の際には仮面をとる必要があるだろう。ただれたおぞましい顔を、見せる必要がある」
訳知り顔で、トーラスが言う。
彼は他者の欠損を好む傾向がある。欠損があればあるほどに、自分が優位に立てると勘違いをしているらしい。
だから時に、トーラスはレオンハルトに同情的になった。
その優しさは嘲りとなんら変わらない。レオンハルトは不愉快になったが、同時に、どうでもいいことだと感じてもいた。
傷があるのだと思い込み、レオンハルトはその傷を気にして仮面をつけていると勘違いをしてくれるのは、レオンハルトにとって都合がよかったからだ。
「罪人であれば、どれほどお前の顔がおぞましかろうが、文句は言えまい」
レオンハルトは沈黙した。その沈黙をトーラスは肯定と受け取ったらしい。
「やはりな。そんなことだろうとは思っていた。だが、レオンハルト。お前には私の娘を輿入れさせようと考えている。ルティエラは、邪魔だ」
「エヴァートンの娘を玩具や奴隷のように扱い、さぞ気分がいいだろうがな。ユースティス公、そう、物事が貴殿の思い通りになるものでもない」
「私からどうしても、ルティエラを奪いたいというのですか?」
「お前が執着するほどに抱き心地がいいというのならば、私にさしだせ。どれほどの器量か、確かめる必要がある」
「それはいい。もう使い道のない娘ですが、陛下の無聊を慰めることぐらいはできましょう」
最初から──そのつもりでレオンハルトを呼び出したのだろう。
あれこれ言葉を費やしていたが、トーラスがルティエラに興味を抱いた時点で、ルドメクはルティエラをトーラスに捧げるつもりでいたのだ。
アルヴァロの子を産むことはできないが、トーラスの子を産むことはできる。
ルドメクに必要なのは、ルティエラが王家の子を産んだという一点だけだ。
そうすれば、王家の血をひく子を宿したということで、その地位を盤石にできる。
ともすれば、アルヴァロや聖女さえも排斥して己が国の頂点に立ちたいと考えている、野心家である。
ルドメクにしてみれば、トーラスもアルヴァロも、王家の血を持つ駒にしかすぎない。
これでは、妻を簡単にトーラスに捧げるはずだ。
「レオンハルト。ルティエラを私の元へ連れてこい。私が、その罪人を貰い受けよう。しばらく離れてみれば、お前も罪人などは忘れるはずだ。その代わり、私の娘をお前にやろう」
「──それは、できかねます」
「私に逆らうつもりか?」
「私はルティエラを手放すつもりはありません。あれは私のもの。どうしても奪いたいというのなら──私を斬る覚悟を。斬ることができればの話ですが」
たかだか一人の女のために国を乱すのかと、言外に含ませて、レオンハルトは言った。
許可を得ずに立ちあがると、その場を去ろうとした。
「待て、レオンハルト!」
「王に対する不敬、その血を以て償ってもらうぞ!」
「どうぞ、お好きになさってください。私を失うことの意味を、少しは考えることができるのならば、今この場で私を処断なさることの蒙昧さに気づけるでしょう。それができないならば、仕方ない」
──剣を、向けろ。
こうなる予感はしていた。そのように、立ち振舞っていた。
ルティエラを利用しているようで、嫌だったが。
彼女のため、そして自分のため、国のため、家のため。
レオンハルトは、上手に立ちまわる必要があった。
ルティエラを抱いた時に描いた絵を、実現するため。全てを思い通りに、するために。
「その男を捕縛しろ! 牢に入れろ!」
ルドメクに何かを囁かれて、トーラスは兵士たちにそう命じた。
謁見の間にずらりと並んだ兵士たちは一瞬戸惑った表情を浮かべたが、それぞれが剣を抜いてレオンハルトに向かってくる。
レオンハルトも腰の剣を抜いた。
「この俺に、勝てるとでも思っているのか? どちらに従うべきか考えられない者だけ、俺に首をささげに来い!」
その言葉だけで、何人かが怯んだ。
だが、トーラスやルドメクに叱責されて、叫び声をあげながらレオンハルトに剣を振り上げる。
その剣を簡単に弾き飛ばし、レオンハルトは兵士たちの鎧のつなぎ目を的確に切った。
血飛沫が謁見の間を濡らす。
何をしているのだ、早くしろと、トーラスが喚き散らしている。
「陛下。あなたの答え、理解しました。俺を敵に回したことを、せいぜい後悔なさるといい」
レオンハルトは襲いかかってくる兵士たちを切り伏せながら、悠々と謁見の間を後にした。
それから、ルティエラの元に行かなければと、剣をふって血を落とすと、駆けだした。
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