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国王トーラスと腹心ルドメク
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ユースティス公爵家は、古くから王国の軍務を任されてきた、王の盾である。
グレイグはもう退役したが、レオンハルトをトーラスから「捨てろ」と言って押し付けられた時、今のレオンハルトと同じく騎士団長を務めていた。
あの日は週末で、妻ルーネと過ごすために王都のタウンハウスに戻っていた。
寡黙で嘘をつかない実直な男であることが評価され、トーラスからの信頼もあつかったのだという。
だから、レオンハルトの処理を任されたのだろう。
だが、あれ以来トーラスはグレイグを避けるようになったのだという。
「陛下は、臆病な男だ。だから、試すのだ、部下たちがどこまで自分に従うのか。大切なものを奪ってもなお、己に膝をつくのか」
そう、グレイグは言っていた。
ユースティス家がエヴァートン家の娘をアルヴァロの婚約者にすることに異を唱えていたのは、自らが王のそばに侍り権力を欲したからではない。
もちろん過去は、そういう一面もあった。
だが、グレイグの場合は違った。ルティエラが生まれたのは、レオンハルトのことがあってから数年後。
その間に、王妃はアルヴァロを産んだ。
この時はすでにレオンハルトに呪いをかけた魔女は死んでいたので、何も起こらなかった。
王妃は魅了にかかっていたせいかレオンハルトと魔女のことは覚えておらず、ただ、死産だったと思い込んでいた。
魅了の力は強く、自ら産んだ赤子のことを思い続けて、心ここに在らずの状態が続き、悋気の強いトーラスは王妃を苛立ちから手ひどく扱い、二人の間にはどうにもならない溝が生まれていた。
もしかしたら王妃は、トーラスがレオンハルトを奪い、殺せと命じたことを知っていたのかもしれない。
何も言わなかったが、アルヴァロを産んでから病でもないのに衰弱して、儚くこの世を去った。
そのためか、トーラスの素行の悪さは悪化の一途を辿っていた。諸侯からの苦言は王ではなく、王の腹心だと思われているグレイグに寄せられていた。
グレイグは、これ以上のトーラスの素行の悪化を危惧していたのだ。
エヴァートン家のルドメクは、トーラスに甘い言葉ばかりをささやく。
あなたは正しいのだと。王なのだから、何をしてもいい。臣下の妻は、あなたのものだと。
実際、ルドメクは己の妻でさえ簡単に、トーラスに捧げていた。
グレイグは何を言われてもルーネをトーラスに見せることもせず、城に連れて行くこともしなかった。
だが、ルドメクは違う。トーラスに気に入られるためなら、権力を手に入れるためならなんでもする男だった。
グレイグは、ルドメクの妻アイシャの腹の中にいる子は、ルドメクの子ではなく、トーラスの子ではないかと疑っていた。
真実はわからないが、疑わしいと考えていたのである。
そのような状況だったので、グレイグがトーラスとエヴァートン家のつながりが濃くなることを危惧するのは、当然だった。
王の盾として、グレイグは王家を守る必要がある。
王としてのあり方が正しくなければ、正すのもユースティス家の役割だった。
だが、その願いは聞き届けられず、ルティエラはアルヴァロの婚約者となり、ルドメクはトーラスの傍に侍るようになり、グレイグは遠ざけられた。
レオンハルトを紹介した時でさえ「顔が爛れた子しかないのだな、グレイグ。お前は呪われている。人殺しだからだ」と、自ら赤子を殺すことを命じたくせに、嫌悪に満ちた表情でグレイグを見て、すぐに下がれと命じたぐらいだ。
幾度も、離反を考えたのだという。
だが、長く続くユースティス家の後継として、簡単に王を裏切ることなどできない。
だからグレイグは、己の罪の半分をレオンハルトに託した。
士官学校に入り、騎士になれ。騎士団長の座を勝ち取れと、レオンハルトはグレイグに命じられた。
実力で立場を手にいれ、己の目で見て学び、考え、トーラスやアルヴァロが仕えるべき存在か判断しろと。
その命令は、王家の血筋の、呪われた子供に対するものではなく、ユースティス家の嫡子に対するものであった。
レオンハルトは命じられるままに、今の立場になった。
そして己の目で見た結果、トーラスはグレイグの言う通り、気の弱い小者であるという結論に至った。
その身を包む権力という武装を剥がしたら、そこにいるのは猜疑心の強い気の弱い中年の男でしかない。
「レオンハルト、参上いたしました。何か、火急の用ですか、陛下」
謁見の間で、トーラスは待っていた。
金の髪に、くすんだ灰色の目をした男である。顔立ちは、アルヴァロによく似ている。若い頃はさぞ美しかっただろう。
彼が部下と話す時、必ず彼は権力の象徴である玉座に座っている。
長く敷き詰められた赤い絨毯の上に膝をつく己の部下たちを、足を組み、肘をつき、虫か何かを見るような目で見るのだ。
そうしないと、権力が保てないのだと信じている。
トーラスの横には、ルティエラの父ルドメクが侍っている。
ルティエラには、あまり似ていない。細身で神経質そうに見える男である。トーラスに何事かをひそひそと囁いている姿は、トーラスという人形を操っている人形使いのようにも見えた。
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