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王太子と聖女と騎士団長 2
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大きな瞳が潤んでいる。まるで甘えるように、阿るように、何かを訴えるような視線を向けられて、レオンハルトは辟易した。
その目は、出会ったばかりの他人に向けるようなものではない。
レオンハルトが嫌悪している、魅了にかかった女の瞳にとても似ていた。
(魔女という自覚があるのか、この女には。確か、男爵家の娘だったと聞いたが)
クラリッサのことを、レオンハルトはあまりよく知らない。
不在にしていた三年の間に得られたのは、状況報告だけだった。
だが、古の聖女は権力と地位を得るために他の魔女を殺せと王に諫言したのだという。クラリッサもまた、邪魔なルティエラを排除した。
──排除したとしか、思えない。
「あなたを虐めた悪女を、俺が物のように扱えば、あなたは嬉しいのではないですか?」
「そんなことはありません……! それに、レオンハルト様のことが心配です。あの方は、おそろしい人です。私は、とても辛い目にあいました!」
「そうだろうとも。レオンハルト、クラリッサは心根の優しい女性だ。私の苦悩にすぐに気づいて、私を支えると言ってくれた」
「殿下の苦悩とは?」
「分かっているだろう。王として相応しくないと、皆が噂していることを私は知っていた。ルティエラはそんな私を心の中で嘲っていただろう。エヴァートンの花などと呼ばれて、己の優秀さを鼻にかけていた。だが、一皮むけば、醜悪な本性があった。嫉妬に病んで、クラリッサを嗜虐したのだから」
クラリッサが、アルヴァロの苦悩に気づくことなどあるだろうか。
それほどの聡明さがあるとは思えない。
ルティエラはアルヴァロを嘲ってなどいない。──対話を拒否していたのは、アルヴァロだろう。
だが、それでよかった。だからこそ、レオンハルトはルティエラを手に入れることができたのだから。
「レオンハルト、ルティエラを懲罰局に戻せ。専属秘書など、認められない」
「懲罰局は騎士団の預かりです。ルティエラの身柄は俺の自由。手放す気はありません」
「何故そうも頑なに、あの女に拘るのだ」
「一度抱けば、分かります。それとも殿下、あなたも彼女を抱きたいのですか? クラリッサ様という方がありながら、それはないでしょう。聖女様を裏切るなど」
「そ、そうなの、アルヴァロ様……? そんな……」
クラリッサは唖然としたように目を見開いた。
アルヴァロは眉を寄せて、違うと首を振る。だが、その仕草がどうにも嘘くさい。
レオンハルトの予想通り、アルヴァロはルティエラを妾か愛人にでもしようとしていたのだろう。だから城において、懲罰を与えていた。
自分を馬鹿にしていたと思い込んでいる女が、苦境の身に陥る姿をみているのは、何とも楽しかっただろうなと思う。そのうち手を差し伸べて、穢して、遊んで、捨てるつもりだったのだ。
トーラスがやりそうなことである。血は、争えない。
レオンハルトの中にも同じ血が流れていると思うと、寒々しくなった。
「そんなわけがないだろう! ルティエラを抱きたい、などと」
「貸してさしあげましょうか。ただし、一晩限りです。あれは俺の物なので。本当は、一晩でも離れたくない。ずっと、腰を振っていられるほどに──たまらなくいい」
わざと、品のないことを口にする。
クラリッサの手前、アルヴァロは上品ぶっているが、本当はこういった話が嫌いではないことをレオンハルトは知っている。
アルヴァロには、レオンハルトの女嫌いを小馬鹿にするように、手を付けたメイドや侍女たちの話を聞かせるようなところがあった。
きっと、興味をそそられるだろう。
興味をそそられて──そして、行動にでるはずだ。
行動に出てくれればいい。それはレオンハルトの理由になる。
王政に反旗を翻す大義名分を、レオンハルトは求めていた。
父がとっくに王を見限っているように、レオンハルトもそうだった。だが、その機をずっと伺っている。
「……お前がそのような俗物だとは思わなかった」
「レオンハルト様、ルティエラに惑わされているのです……どうか、目を覚ましてください」
「お二人のご心配、感謝いたします。ですが、ルティエラを手放す気はありません。俺の娼婦を俺がどうしようが、俺の自由です。それでは仕事がありますので、失礼します」
ルティエラをそのように表現するのは嫌だったが、今はそう言っておく必要がある。
もう一度礼をして退室するレオンハルトに、アルヴァロは声をかけなかった。
どういうわけかクラリッサが泣き出してしまい、それを宥めるのに必死なようすだった。
その目は、出会ったばかりの他人に向けるようなものではない。
レオンハルトが嫌悪している、魅了にかかった女の瞳にとても似ていた。
(魔女という自覚があるのか、この女には。確か、男爵家の娘だったと聞いたが)
クラリッサのことを、レオンハルトはあまりよく知らない。
不在にしていた三年の間に得られたのは、状況報告だけだった。
だが、古の聖女は権力と地位を得るために他の魔女を殺せと王に諫言したのだという。クラリッサもまた、邪魔なルティエラを排除した。
──排除したとしか、思えない。
「あなたを虐めた悪女を、俺が物のように扱えば、あなたは嬉しいのではないですか?」
「そんなことはありません……! それに、レオンハルト様のことが心配です。あの方は、おそろしい人です。私は、とても辛い目にあいました!」
「そうだろうとも。レオンハルト、クラリッサは心根の優しい女性だ。私の苦悩にすぐに気づいて、私を支えると言ってくれた」
「殿下の苦悩とは?」
「分かっているだろう。王として相応しくないと、皆が噂していることを私は知っていた。ルティエラはそんな私を心の中で嘲っていただろう。エヴァートンの花などと呼ばれて、己の優秀さを鼻にかけていた。だが、一皮むけば、醜悪な本性があった。嫉妬に病んで、クラリッサを嗜虐したのだから」
クラリッサが、アルヴァロの苦悩に気づくことなどあるだろうか。
それほどの聡明さがあるとは思えない。
ルティエラはアルヴァロを嘲ってなどいない。──対話を拒否していたのは、アルヴァロだろう。
だが、それでよかった。だからこそ、レオンハルトはルティエラを手に入れることができたのだから。
「レオンハルト、ルティエラを懲罰局に戻せ。専属秘書など、認められない」
「懲罰局は騎士団の預かりです。ルティエラの身柄は俺の自由。手放す気はありません」
「何故そうも頑なに、あの女に拘るのだ」
「一度抱けば、分かります。それとも殿下、あなたも彼女を抱きたいのですか? クラリッサ様という方がありながら、それはないでしょう。聖女様を裏切るなど」
「そ、そうなの、アルヴァロ様……? そんな……」
クラリッサは唖然としたように目を見開いた。
アルヴァロは眉を寄せて、違うと首を振る。だが、その仕草がどうにも嘘くさい。
レオンハルトの予想通り、アルヴァロはルティエラを妾か愛人にでもしようとしていたのだろう。だから城において、懲罰を与えていた。
自分を馬鹿にしていたと思い込んでいる女が、苦境の身に陥る姿をみているのは、何とも楽しかっただろうなと思う。そのうち手を差し伸べて、穢して、遊んで、捨てるつもりだったのだ。
トーラスがやりそうなことである。血は、争えない。
レオンハルトの中にも同じ血が流れていると思うと、寒々しくなった。
「そんなわけがないだろう! ルティエラを抱きたい、などと」
「貸してさしあげましょうか。ただし、一晩限りです。あれは俺の物なので。本当は、一晩でも離れたくない。ずっと、腰を振っていられるほどに──たまらなくいい」
わざと、品のないことを口にする。
クラリッサの手前、アルヴァロは上品ぶっているが、本当はこういった話が嫌いではないことをレオンハルトは知っている。
アルヴァロには、レオンハルトの女嫌いを小馬鹿にするように、手を付けたメイドや侍女たちの話を聞かせるようなところがあった。
きっと、興味をそそられるだろう。
興味をそそられて──そして、行動にでるはずだ。
行動に出てくれればいい。それはレオンハルトの理由になる。
王政に反旗を翻す大義名分を、レオンハルトは求めていた。
父がとっくに王を見限っているように、レオンハルトもそうだった。だが、その機をずっと伺っている。
「……お前がそのような俗物だとは思わなかった」
「レオンハルト様、ルティエラに惑わされているのです……どうか、目を覚ましてください」
「お二人のご心配、感謝いたします。ですが、ルティエラを手放す気はありません。俺の娼婦を俺がどうしようが、俺の自由です。それでは仕事がありますので、失礼します」
ルティエラをそのように表現するのは嫌だったが、今はそう言っておく必要がある。
もう一度礼をして退室するレオンハルトに、アルヴァロは声をかけなかった。
どういうわけかクラリッサが泣き出してしまい、それを宥めるのに必死なようすだった。
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