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王太子と聖女と騎士団長 1
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長い時間をかけて抱き潰したルティエラは、しばらく目覚めないだろうと思えるほどの深い眠りについていた。
その体を濡らした布で丁寧に清めて、レオンハルトはしばらくルティエラの傍に座り、艶やかな頬や髪を撫でていた。
目尻に口付けて、名残惜しく思いながら立ち上がり、髪をかきあげると仮面を被る。
ばさりとローブを羽織り、部屋を出た。
侍女たちにルティエラが目覚めた時の対応を命じて、湯浴みを済ませる。
湯をかぶり、汗や体液を流した。
ルティエラを抱いた前と後では、自分の中身がそっくり入れ替わり別人になってしまった気がする。
女は嫌いだった。今もそれは変わらない。
だが、ルティエラだけは違う。彼女だけが欲しい。どんなに抱いてもたりないぐらいに、渇望している。
愛しい。愛している。もしルティエラが離れようとするのなら、どこにもいけないように、翼をもぐように足を切ってしまっても構わない。
彼女に伝えた言葉に嘘はない。だからどうか、惑わないで欲しい。罪人だからと、どこかに消えようとしないで欲しい。
「──ままならないものだな」
一人きりの浴室で、小さな声で呟いた。
魅了にかかってさえくれていたら、思い悩むこともなかったのだろう。彼女の心を手に入れることができたと、不安さえ感じなかっただろうか。
だがこの渇望は──ルティエラの心が分からないからこそ、感じるものだろう。
彼女のことが知りたい。何を考えているのか、何を不安に思い、どう感じているのか。
このまま、愛と欲に満ちた日々を送ることができればいいが、そういうわけにもいかない。
ルティエラを守るために、そして、自分自身のためにも、やるべきことがある。
軍服に着替えたレオンハルトは、仕事に向かった。
部下たちにはしばらくの休暇を与えてはいるが、レオンハルトには休む暇はあまりない。
ルティエラに聞かせた騎士団の内情にも嘘はない。
懲罰局から救い出すために名目上の専属秘書としたが、ルティエラの存在はレオンハルトの仕事の助けになっていた。
留守にしていた三年間で、騎士団本部の内情は杜撰の一言に成り果てていた。
これはと思って雇った文官は皆、横柄な騎士に嫌気がさして逃げてしまったらしい。
頭が痛いことだと思う。留守を預かる有能な者でもいればよかったが、当たり前だが、有能な者ほど傍に置きたいものだ。
懲罰官として残していたクレスルードは頭が固く真面目な性分である。ある程度は役に立つと考えていたが、働きもせず金ばかりかかる古参の騎士たちには意見もできなかっただろう。
いや──あれは、自分の役割だけをきっちりこなす男だ。全体を見渡すということは難しい。
ルティエラに妙に心を砕いていたように感じたが、余計なことはして欲しくないなと考えながら、執務室で仕事をしていると、アルヴァロが呼んでいると部下が言いに来た。
まぁ、呼ばれるだろうなと思っていた。
自分から出向こうかとも考えていたが、レオンハルトは騎士団長の権限でルティエラを自分の専属秘書にしたというそれだけのことである。
特に、弁明が必要な行動はとっていない。
懲罰局は騎士団の管轄だからだ。それ故に、アルヴァロの方から動くまで様子を見ていた。
城の応接間で、アルヴァロは待っていた。
まだ戴冠は終えていない。アルヴァロは王太子の身分である。トーラスはもう年嵩だ、そろそろ譲るだろうという噂がある。
聖女を侍らせることで、かつては王としての素質を疑問視されていたアルヴァロは、その地位を盤石なものにしつつあった。
アルヴァロは聖女クラリッサと共にソファに座り、レオンハルトを迎え入れた。
レオンハルトはアルヴァロの前に膝をつくと、騎士の礼を行う。
立ち上がる許可は与えられなかったので、膝をついたまま言葉を待った。
「レオンハルト。何度か呼び出しをしたが、お前は宿舎に籠っていると報告を受けた。何をしていた?」
「無粋なことを尋ねるのですね、殿下。何をしていたかなど、お分かりでしょう」
「分からないから聞いている」
「俺の愛人と遊んでいたのですよ。とても具合がよいものですから、しばらくベッドから離れられなかった。何か問題がありますか?」
「私の呼び出しに答えないことが、問題にならないとでもいうのか」
苛立ち交じりに睨みつけられて、レオンハルトは口元に笑みを浮かべた。
仮面をつけている利点の一つに、表情を読まれないというものがある。
どれほど苛立っていても、冷たい目をアルヴァロに向けていようとも、口元さえ笑んでいればそれに気づかれることはない。
「カルア地方の平定については、すでに陛下に報告を済ませてあります。よくやった、しばし休めとのお言葉をいただきました。休息をしている間、俺の可愛いルティエラと何をしていても、俺の勝手です」
「本当に、どういうつもりなんだ、レオンハルト。ルティエラに絆されたのか? あの悪女に、何か言われたか」
「悪女かどうかはどうでもいいことです。見た目が、いいでしょう? 体つきも、とてもいい。ですので、飼うことにしました。抱いてみたら、とても相性がいい。離れがたくなるほどに」
「……なんてひどいことをおっしゃるのですか、女性をそのような、物のように……」
震える声で、クラリッサが言った。
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