43 / 74
聖女と魔女 2
しおりを挟む
アルヴァロに疑問を口にすることは許されなかった。
不安も心配も口にできず、鷹揚に微笑むことぐらいしか、許されていなかったことを。
「レオ様は、聖女様のことを魔女と言いました。レオ様に呪いをかけたのも、魔女だと。私は、魔女を知りません」
「それはそうだろうな。俺のことがなければ、父上でさえ知らなかったぐらいだ。魔女たちは人と関わらずに密やかに暮らしている者ばかりなのだそうだ。人の前に姿を見せることはない」
「不思議な力を持っているのですよね?」
「あぁ。炎を生み出したり、水を生み出したり、他者に呪いをかけたりもできる。俺が、そうされたようにな」
「なぜ、それほどまでに素晴らしい力をお持ちなのに、隠れているのでしょうか」
レオンハルトは少し考えるように、沈黙した。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「それは天災の魔女のせいだと、俺に仮面を作った魔女は言ったそうだ。魔女の中でも、その力を持つものは異端。天災の魔女は自らを聖女と名乗り、王家に近づいた。今から千年以上も前の話だ。それ以来、天災の魔女の力を受け継ぐものは、聖女と呼ばれ王家のためにその力を振るうようになった」
「天災の魔女……」
「あぁ。雨を降らせ、嵐を起こす。天候を操る力のことだな」
「クラリッサ様の、聖女様の力ですね」
「聖女のはじまり、最初の天災の魔女は、聖女として王の側に侍り権力を手に入れた。そして、他の魔女を偽りの聖女、異端として、王に殺すようにと進言したらしい」
「どうしてそんなことを……?」
思いがけない話に、ルティエラは目を丸くした。
聖女様がそんなことを言うわけがない。遠い昔の話だ、何かがどこかで間違って伝わってしまっただけなのではと思う。
「自分の力だけが特別だと、王に思わせたかったのだろう。権力に対する欲だな。多くの魔女が捕らえられ、魔の手から逃れた魔女たちは姿を隠した。それ以来、魔女たちは人と関わらずに細々と生きている。魔女の血筋に魔女が生まれるが、天災の魔女だけは……多くの子孫を残したらしい。だから、どこでその力を継いだものが生まれるのかはわからないのだそうだ」
「時折、聖女様が生まれるというのは」
「どこかで血が混じっていた者が、聖女を産むのだろう。そして、天災の魔女は新たな聖女として、王に侍ることになる。それが聖女であると、父上も俺も、仮面の魔女から話を聞いた」
レオンハルトはそこで軽く首を振った。
「この話も、内密だ、ティエ。君だから話した。今の王国で、この話を信じるような者はいない。誰にも言わないで欲しい。異端と言われて、捕縛されかねないからな」
「わかりました。もちろんです」
「それから。……俺に呪いをかけた魔女は、情愛の魔女カリーナと呼ばれていたそうだ。トーラスが狩りをしている最中に、偶然出会ったのだという。出会って、恋に落ちて、弄ばれた。カリーナは自分が魔女であることは隠していたそうだ。魔女は異端。知られれば、その身は破滅すると、魔女たちは思っている」
「……それでも恋に落ちたのですか?」
「あぁ。互いに嘘をついていた。カリーナは、トーラスが国王であることも、妻がいることさえも知らなかったのだという。甘い言葉に絆されて、結婚できるのだとのぼせあがった。だが、トーラスはカリーナを散々弄んで、捨てた」
そうなって当然である。異端の魔女と、国王陛下が結ばれるはずもない。
妾としても、受けいれられるものでもない。庶民と貴人は、交わってはいけないのだ。
心が痛む。
まるで──レオンハルトに熱をあげている自分自身のことのように感じられたからだ。
「カリーナは、俺に呪いをかけたあと、湖に身を投げて死んだという。迷惑な話だ。呪いをかけるのならば、トーラスにしておけばいいものを」
「呪いは、とけないのですか?」
「人前では仮面を被っておけばいいからな。それに、君の前では外すことができる。不自由だとは思うが、君と出会えたのだから、それでいい」
ルティエラは食事を終えて、ナイフとフォークを置いた。
それから立ち上がると、レオンハルトに手を伸ばして、その顔を抱きしめる。
酒が入り、少し、大胆になっていた。
どうしても今、彼を抱きしめたいと思ったのだ。
不安も心配も口にできず、鷹揚に微笑むことぐらいしか、許されていなかったことを。
「レオ様は、聖女様のことを魔女と言いました。レオ様に呪いをかけたのも、魔女だと。私は、魔女を知りません」
「それはそうだろうな。俺のことがなければ、父上でさえ知らなかったぐらいだ。魔女たちは人と関わらずに密やかに暮らしている者ばかりなのだそうだ。人の前に姿を見せることはない」
「不思議な力を持っているのですよね?」
「あぁ。炎を生み出したり、水を生み出したり、他者に呪いをかけたりもできる。俺が、そうされたようにな」
「なぜ、それほどまでに素晴らしい力をお持ちなのに、隠れているのでしょうか」
レオンハルトは少し考えるように、沈黙した。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「それは天災の魔女のせいだと、俺に仮面を作った魔女は言ったそうだ。魔女の中でも、その力を持つものは異端。天災の魔女は自らを聖女と名乗り、王家に近づいた。今から千年以上も前の話だ。それ以来、天災の魔女の力を受け継ぐものは、聖女と呼ばれ王家のためにその力を振るうようになった」
「天災の魔女……」
「あぁ。雨を降らせ、嵐を起こす。天候を操る力のことだな」
「クラリッサ様の、聖女様の力ですね」
「聖女のはじまり、最初の天災の魔女は、聖女として王の側に侍り権力を手に入れた。そして、他の魔女を偽りの聖女、異端として、王に殺すようにと進言したらしい」
「どうしてそんなことを……?」
思いがけない話に、ルティエラは目を丸くした。
聖女様がそんなことを言うわけがない。遠い昔の話だ、何かがどこかで間違って伝わってしまっただけなのではと思う。
「自分の力だけが特別だと、王に思わせたかったのだろう。権力に対する欲だな。多くの魔女が捕らえられ、魔の手から逃れた魔女たちは姿を隠した。それ以来、魔女たちは人と関わらずに細々と生きている。魔女の血筋に魔女が生まれるが、天災の魔女だけは……多くの子孫を残したらしい。だから、どこでその力を継いだものが生まれるのかはわからないのだそうだ」
「時折、聖女様が生まれるというのは」
「どこかで血が混じっていた者が、聖女を産むのだろう。そして、天災の魔女は新たな聖女として、王に侍ることになる。それが聖女であると、父上も俺も、仮面の魔女から話を聞いた」
レオンハルトはそこで軽く首を振った。
「この話も、内密だ、ティエ。君だから話した。今の王国で、この話を信じるような者はいない。誰にも言わないで欲しい。異端と言われて、捕縛されかねないからな」
「わかりました。もちろんです」
「それから。……俺に呪いをかけた魔女は、情愛の魔女カリーナと呼ばれていたそうだ。トーラスが狩りをしている最中に、偶然出会ったのだという。出会って、恋に落ちて、弄ばれた。カリーナは自分が魔女であることは隠していたそうだ。魔女は異端。知られれば、その身は破滅すると、魔女たちは思っている」
「……それでも恋に落ちたのですか?」
「あぁ。互いに嘘をついていた。カリーナは、トーラスが国王であることも、妻がいることさえも知らなかったのだという。甘い言葉に絆されて、結婚できるのだとのぼせあがった。だが、トーラスはカリーナを散々弄んで、捨てた」
そうなって当然である。異端の魔女と、国王陛下が結ばれるはずもない。
妾としても、受けいれられるものでもない。庶民と貴人は、交わってはいけないのだ。
心が痛む。
まるで──レオンハルトに熱をあげている自分自身のことのように感じられたからだ。
「カリーナは、俺に呪いをかけたあと、湖に身を投げて死んだという。迷惑な話だ。呪いをかけるのならば、トーラスにしておけばいいものを」
「呪いは、とけないのですか?」
「人前では仮面を被っておけばいいからな。それに、君の前では外すことができる。不自由だとは思うが、君と出会えたのだから、それでいい」
ルティエラは食事を終えて、ナイフとフォークを置いた。
それから立ち上がると、レオンハルトに手を伸ばして、その顔を抱きしめる。
酒が入り、少し、大胆になっていた。
どうしても今、彼を抱きしめたいと思ったのだ。
803
お気に入りに追加
2,677
あなたにおすすめの小説
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

ワケあってこっそり歩いていた王宮で愛妾にされました。
しゃーりん
恋愛
ルーチェは夫を亡くして実家に戻り、気持ち的に肩身の狭い思いをしていた。
そこに、王宮から仕事を依頼したいと言われ、実家から出られるのであればと安易に引き受けてしまった。
王宮を訪れたルーチェに指示された仕事とは、第二王子殿下の閨教育だった。
断りきれず、ルーチェは一度限りという条件で了承することになった。
閨教育の夜、第二王子殿下のもとへ向かう途中のルーチェを連れ去ったのは王太子殿下で……
ルーチェを逃がさないように愛妾にした王太子殿下のお話です。

娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる