悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ

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やりなおし

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 ◇

 やわらかいベッドの上で目を覚ました。
 ぱちりと目を開いて、瞬きを繰り返す。過去の習慣のために、ルティエラは寝起きがとてもよかった。
 怠惰に寝ていることなど許されない生活を送っていたし、懲罰を受けるようになってからもそれは同じだった。

 体を起こして周囲を見渡す。どことなく無骨で古めかしさがあるものの、品のいい広い部屋だ。そして、あまり飾り気はないが立派なベッド。

 ──ここは、レオンハルトの宿舎である。
 レオンハルトの宿舎というか、歴代の騎士団長の宿舎だ。
 意識を失う前に起ったことが思い出されて、ルティエラは口元に手を当てると、顔を真っ赤に染めた。

(どうして、こんなことになってしまったのかしら……)

 酔って抱かれた夜のことは、やはりあまり思い出せない。
 けれど、何度もルティエラを好きだと言ってくれた声が、瞳が、その体温が、薄ぼんやりとした記憶に重なった。

 あの夜の男娼だと思い込んでいた男性は──レオンハルトだった。

「案外元気そうだな。目覚めも早い」

 ふと声のした方に視線を向ける。
 レオンハルトがベッドサイドに座っている。軍服を脱いで、白いシャツにトラウザーズというラフな姿だった。
 仮面は外されていて、涼しげな目元が露わになっている。
 顔を半分多うものが外されるだけで、その印象はずいぶんと変わる。
 
 仮面をつけていたときは年齢よりも年嵩に見えたが、外してしまえば二十四歳という年相応の若々しい美貌の青年である。

「ティエ、口を開け」
「は、……ん……っ」

 何かと尋ねようとする前に、レオンハルトはぐいっとグラスの水を口に含むと、唇が重なった。
 レオンハルトの持っているグラスの水が口の中に流し込まれる。
 ぬるい水で口がいっぱいになって、必死にこくんと飲み干した。
 口角から滴る水を器用な舌が拭い、それから愛しげに目を細められる。
 
 長い睫に囲まれた、美しい湖のような碧眼は、神秘的な宝石のようにさえ見える。
 ルティエラは両手で口をおさえた。これ以上そそがれたらたまらない。
 それ自体は嫌悪感があるわけではないのだが、口の端から飲み物をこぼすことが、ルティエラとしてはどうにもはしたなく思えてしかたなかった。

「もっと眠っていていい。君の体は清めた。中に残っていた私の子種も、寝ている間に搔きだして、清めておいた」
「……っ、レオンハルト様、からかっていらっしゃいますか……?」
「からかう? そんなことはしていない。あの朝のやり直しをしているだけだ。やり直しは一度したが、あれではな」
「私の体を、ふいてくださった時のことでしょうか……?」
「あぁ。本来ならあの朝にできていたことだ。君は俺の元から逃げて、破瓜の負担も気にせずに草むしりをしていたし、その上聖女にずぶ濡れにさせられていたな」

 ルティエラの脳裏に、レオンハルトの記憶が過ぎる。
 聖女が雨を降らせた時、レオンハルトは──本当に心配をしてくれていたのだろう。
 そして、少し怒っていたのだ。
 それはそうだろう。ルティエラは何一つ覚えていなかった上に、体に残る所有の証を虫刺されだと言って誤魔化し、相手は誰かと問われたら、おそらく男娼だと口にしたのだから。

「申し訳ありませんでした、レオンハルト様」
「レオでいい。君は俺に抱かれている間、ずっと俺をそう呼んでいた」
「……レオ様」
「よくできました。いい子だ」

 はじらいながらも小さな声で名前を呼ぶと、レオンハルトは微笑んでルティエラの頬を撫でる。

「何か思いだしたか? 俺の愛の告白や、仮面をつけている理由などを」
「……それが、その」
「まぁ、そうだろうな。確かに君は面白いぐらいに酔っていた。俺が君に口付けても、不思議そうに、どうして恋人とは唇をあわせるのでしょうね。口と口をあわせて、何が楽しいのでしょう──などといって、笑っていたのだから」

 そんなことを、言ったのだろうか。
 全く記憶にない。困ったものだ。申し訳なさと罪悪感でいっぱいにながら、ルティエラはただただ「申し訳ありません」と謝った。

「謝罪はもう、必要ない。俺は、本当に大人げなかったな。拗ねるのは、もうやめた」

 レオンハルトは溜息交じりにそう言って、それからルティエラの髪や耳を、首筋を、猫をあやすように撫でた。

「俺にも落ち度がある。俺の行動が、結果的に君を傷つけることになったのだから」
「もう大丈夫です、レオ様。そのことは、忘れました。私……忘れるのが得意なようです」
「そうだな、ティエ。だが、要らない記憶は捨てていい。君はこれから、俺のことだけ覚えていればいい」

 優しく唇が触れあって、そっと離れていく。
 ルティエラは目を伏せて、頬を染めた。大切に扱われているのだと感じると、それだけで体が熱を帯びた。鼓動が早くなる。ルティエラが覚えていない、記憶がしまわれている心の奥が、レオンハルトが好きだと訴えているかのようだった。

「それに、抱かれた記憶はその体に刻まれている。俺は二度も、処女のような反応をする君を抱けたのだから、考え方によっては幸運だったとも言える」
「……私、覚えていたかったです。レオ様は私に、秘密を教えてくださって、それから好きだと伝えてくださったのでしょう?」
「幾度伝えても言葉が減るわけではないだろう。君が覚えていないのならば、もう一度言えばいい。それだけのことだ」

 ──そうなのだろうか。
 もっと、怒られても当然だ。そのまま見捨てられてもいいぐらいなのに。
 レオンハルトはルティエラの手をとると、自分の顔に触れさせた。
 男性のものとは思えない、きめの細やかな白く手に吸い付くような肌の感触が、手のひらに伝わる。

「俺の顔を見て、何か感じないか?」
「……美しいとは思いますけれど。傷はありませんし、どうして隠しているのでしょう。不思議です」
「そうか。やはり君は、俺の──運命なのだな」

 レオンハルトはそう言って、ルティエラの手のひらに口付けた。

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