悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ

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あの夜の出来事

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 長らく、レオンハルトはルティエラに鬱屈した思いを抱えていた。
 幼い少女と約束を交わした時、恋に落ちたというわけではない。ただ、交わした約束はレオンハルトの心に爪痕を残し続けていた。
 ほんの少し、期待していたのだ。
 美しく成長したルティエラが、レオンハルトの手をとって「あの時の約束を果たしてください」と願うことを。

 アルヴァロは幼い時はルティエラを邪険に扱っていたが、少しは分別がつくようになったのだろう。
 表面上はルティエラを婚約者としてまともに扱っているように思えた。

 だがその実、やはり──トーラスの血を引いているせいか、浮気性の男だった。

「レオンハルト。お前はたいそうな女嫌いだと聞いた。それは仮面の下の素顔が無惨なせいで、女に悲鳴でもあげられたからか?」
「そうですね、殿下」
「まぁ、そうだろうな。女嫌いということは、女の好みにうるさいのだろう。お前の目から見て、私の婚約者はどう思う?」
「わかりかねます」
「私は退屈な女だと思っている。はいかいいえでしか返事をしない。表情も、微笑むばかりで変わらない。共にいてもつまらない。私が王としてふさわしくないと思われているのは、ルティエラのせいなのではないか」
「何故そう思われるのです」

 アルヴァロは、レオンハルトのことを己の従者だと考えている節があった。
 レオンハルトはトーラスの部下であり、アルヴァロの部下ではない。だが、レオンハルトは度々アルヴァロに命じられて彼の護衛として付き従っていた。
 この日も、アルヴァロの護衛として、馬での遠乗りに付き合わされていた。
 
 遠乗りをすることで口が軽くなったのか、アルヴァロは親しげにレオンハルトに話しかけてきたのである。
 アルヴァロのことをすでに、レオンハルトの父は見限っていた。だが、表面上は王家に忠誠を誓っていた。
 それぐらい、トーラスやアルヴァロの求心力は減り続けていた。

 それはそうだろう。アルヴァロは大きな揉め事こそ起こさないが、まだ若年にも関わらず、侍女やメイドに手を出しては捨てていた。ルティエラは気づいていないようだったが、城の内情を知るものたちにとっては有名な話だ。
 そのこと自体は罪には問われない。よくある話といえばそうである。

 だが、トーラスの暴虐ぶりに辟易していた貴族たちにとって、親子二代にわたる女癖の悪さというのは嫌悪の対象になった。
 ──王の素質がないという陰口を気にしているのなら、素行を正せばいいものを。
 信じてもらうことは簡単だ。誠実に振る舞えばいいだけだ。
 ルティエラ以外の女を近づけず、彼女を大切にすればいい。
 それができないから、駄目だと思われる。ルティエラの優秀さも、アルヴァロの悪評に拍車をかけていた。

「媚びを売らず愛想がないだろう? 貴族の男どもを魅了するぐらいのことをしなくては、俺の妃として役に立たない。俺にはもっと、役に立つ妃が必要だ」
「ルティエラ様がお嫌いですか」
「嫌いではない。ただつまらないだけだ。妾としてなら、役に立つだろうがな」

 聞いていて、うんざりした。ルティエラが真実に気づき、一言、「助けて」と言えばいいものを。
 けれどそんな日は来ないのだろう。
 美しく成長した少女は、レオンハルトのことなどすっかり忘れてしまっている。
 
 やがて内乱が起こり、レオンハルトは軍を率いて辺境に向かった。およそ三年。
 その間に聖女がみつかり、ルティエラは聖女を虐げた罪で断罪をされ、アルヴァロは聖女と婚約をした。

 ようやく王都に帰還することができたその日。
 王都にたどり着いた時には、すでに日暮れだった。疲れ果てていた部下たちを労い、自由を与えた。
 馬を騎士団本部の馬屋に預けて、それぞれが妻や恋人の元へ帰ったり、酒場に向かったり、娼館に向かったりする中、レオンハルトは一度懲罰局を覗きに行った。

 もう、ルティエラは自室に戻っていた。遅い時間のために、懲罰局の扉は閉ざされて誰もいなかった。
 ──未だ、彼女に未練があるのか。
 何故と、自問自答する。
 幼い彼女と言葉を交わしただけだというのに。

 あの時の約束が、忘れられなかった。
 レオンハルトは女が嫌いだ。だが、ルティエラだけには、嫌悪を抱かない。
 それほどまでに、彼女の存在が、レオンハルトの心を占めていた。
 アルヴァロを思うあまり悪女に成り果ててしまったとはどうしても、思えなかった。

 部屋に戻る気にもならず、レオンハルトは久々の王都で酒を飲みたい気分だった。
 様々な鬱積を抱えている。顔を隠した仮面のように、口に出せないことや、感情ばかりが積もっていく。
 せめて酒を飲んで、ひとときでも気を休めたかった。

 ふらりと入った酒場で、レオンハルトは信じられないものを見た。
 長らく彼の頭を悩ませていた美しい女が、男たちに囲まれて次から次へと酒盃をからにしていたのである。

「ルティエラ……!?」
「まぁ、レオンハルト様、きぐう、ですね」

 すっかり酔っているのだろう、ルティエラはにこにこしながらそう言った。
 そこには、あの時の、二人きりで秘密の約束をした少女の姿があった。

 アルヴァロの婚約者として自分を律して前を向いていた美しい女性ではない。
 密やかに自分の気持ちを口にした、純粋な少女だった。

 レオンハルトは男たちからルティエラを奪うように抱えあげた。
 文句を言われたが、「黙れ」の一言でよほど怖かったのだろう、男たちは静まり返った。

 そしてレオンハルトは酔ってくすくす笑っているルティエラを抱えて、この時間帯でも空いている宿の一室へと飛び込んだ。

 そういった安宿の中でも、ある程度の金額を支払えば小綺麗な部屋に泊まることができる。
 レオンハルトは抱えていたルティエラをベッドに座らせると、深く嘆息しながらその隣に座った。

 長年頭の片隅に住み続けていた少女との改めての邂逅が、こんな状況とは。
 これではまともに話を聞くこともできない。

「レオンハルト様、お酒がありますね。お酒をはじめて飲んだのですよ、私。美味しいのですね、それにとても楽しい気持ちです」
「君は何をそれほどのんびりしている。君の状況が悪いことを、理解しているのか」
「悪くはないのですよ。確かに、冤罪だったのですけれど、殿下や聖女様の邪魔をすることなくいなくなることができますし、恐ろしいばかりだった家族とも、離れることができるのです。そう悪いものではありません」

 テーブルの上に置いてある、宿泊者へのサービスの酒瓶に手を伸ばそうとするルティエラの手首を、レオンハルトは掴んだ。
 ルティエラはそのまま姿勢を崩し、ぽすりとベッドに倒れる。
 豪奢な金の髪がベッドに広がり、質素な服は、乱れていた。

「やはり、冤罪なのか」
「ええ、そうなのです。嫌がらせをしていたのは私の友人たちで、私は何も……けれど、私は友人たちの悪事に気付きませんでしたし、同罪といえば同罪です。聖女様は苦しんだのですから」
「聖女などはいない。あれは魔女だ、ただの」
「魔女?」
「……いや、なんでもない。ただの雨乞いを、敬う必要はない」

 ルティエラは困ったように眉を寄せた。

「そんなことを言ってはいけませんよ、レオンハルト様。……レオンハルト様ですよね、レオンハルト様。仮面の騎士様はレオンハルト様以外にはいないと思いますので」
「そうだ。レオンハルトだ」
「お久しぶりです、レオンハルト様。お会いしたかった」
「……ルティエラ、何故俺に会いたかった?」
「何故でしょう。そんな気がしたのです。抱き上げられたのははじめてです。ふふ、とても素敵ですね。ずっと覚えていますね、私」
「──俺は忘れたことはない。だが、君は忘れたくせに」

 思わず、本音が漏れた。
 本音を漏らすと、止まらなかった。
 レオンハルトは酔ったルティエラを組み敷いて、激しく唇を奪っていた。


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