悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ

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忘れ去られがちな男 1

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 ◇

 ルティエラが聖女に危害を加えていたと知ったとき、レオンハルトはカルア地方に駐屯をして反乱軍と戦っていた。

 王弟ベルクント派の反乱軍は一枚岩というわけではない。
 現王に不満を持つ者たちは各地に散在しており、その者たちが王弟の反乱をきっかけとして地中から芽を出したのである。

 今回は──辺境伯リューゼ・フラスクが反乱の首謀者だった。
 現王トーラスに不満を持つ者が多いのは、トーラスが暴君だからに他ならない。

 ベルクントの妻に暴行を加えたというのは事実だった。
 それが募る想いの果ての行為だというのなら、まだ擁護することは可能だろう。

 だが、トーラスには人の女を欲しがるという悪癖があった。その上、己の部下の妻や恋人は、全て自分のものだと思い込んでいた。

 トーラスの悪癖の犠牲になった者の数は、両手では数え足りないほどだ。

 リューゼ・フラスクもその一人である。
 彼の母は季節の挨拶のために辺境からはるばる夫と共に登城し、春のはじまりを祝う晩餐会に参加した際にトーラスに見初められてしまった。
 彼女がトーラスに穢された時、彼女は夫の子を身籠もっていた。
 子は流れ、彼女は深く悲しみ、心を病んだ。
 辺境伯は妻を哀れみ、二人で精霊の湖と呼ばれている辺境の森にある美しい湖に身を投げた。

 見つかったとき二人の手は、しっかりと赤い紐でつながれていたそうだ。

 リューゼはその時まだ十歳にも満たなかった。唐突に最愛の両親を亡くし──トーラスへの憎しみを心の中に飼いながら生きてきた。

 その憎しみは、ベルクントの反乱を耳にして花が咲くように、外へと噴出したのだろう。
 カルア地方にある貴族たちの領地を落とすため、戦をはじめた。

「目指すはトーラスの住まう王城だ。我らはベルクント様と志を同じくするもの。暴虐な王に正義の鉄槌をくだすのだ。アルヴァロ殿下もあの王の子。何をするか分からない」

 アルヴァロが聖女を傍においていることも、反乱の芽を芽吹かせることに一役買っていた。
 正しさのない王が天候を操ることができる聖女を傍におけば──その暴虐さに拍車がかかる。

 トーラスの行いのために、アルヴァロも信用を失っていた。
 彼がどのような人格であっても──いずれはトーラスのようになる。血は、争えないのだと。

 レオンハルトはトーラスに命じられて騎士団を率いて反乱を鎮圧した。
 他国との戦争であれはいざしらず、同じ王国民同士で殺し合いをするなど馬鹿げている。できるだけ被害を出したくなく、対話を交えて慎重に行っていた。

 トーラスからはリューゼの討伐を命じられていたが、レオンハルトにはそのつもりはなかった。

 王都で起きた問題を耳にしたのは、そんな状況下でのことだった。
 部下からの報告を耳にして、レオンハルトは深く嘆息をした。

 多くの反乱分子を抱えて、それどころではないだろうに。恋愛の諍いで婚約者をすげ替えるようなことをするなど、アルヴァロは何をしているのだろうか。
 聖女の力に心が迷ったのか。レオンハルトの知るルティエラは、嫉妬に身を焦がして人の道を外れるような女性ではなかった。

 いや──彼女は、変わってしまったのか。
 何にせよ、王都から遠く離れた辺境の地では、もたらされる情報以外のことは何もわからない。

 ──ルティエラは、覚えていないのだ。何一つ。
 幼い日の、約束でさえ。
 レオンハルトとルティエラは、他人でしかなかった。
 彼女は王太子の婚約者として完璧に振る舞っていたし、アルヴァロしかその瞳にうつしていないように見えた。
 レオンハルトは鬱屈した想いを抱えながら、寡黙な騎士として振る舞っていた。

 一人きりの天幕の中で、レオンハルトは仮面を外して両手で目元を覆った。
 アルヴァロはルティエラとの婚約を破棄したが、彼女を城に置いて懲罰を与えているのだという。
 懲罰局に彼女を置いたのは──彼女に対して邪な想いがあるからではないのか。

 その心を折り、己の情婦にでもするつもりか。それとも、慰み者にして楽しむつもりか。
 ──血は争えない。
 もしかしたら本当にそうなのかもしれない。

 すぐに王都に戻り状況を確認したかったが、そういうわけにもいかない。
 レオンハルトにできることは、思考を巡らせることと、状況を確認することぐらいだった。

 忘れたことなど一度もない。
 あれは、レオンハルトが十四歳の時だ。騎士の仕事を学ぶ為、父に連れられて城に行き、アルヴァロの護衛についた。
 当時からレオンハルトは人前に出るときは、仮面をつけていた。
 アルヴァロはそんなレオンハルトを気味悪がり、王太子たる自分の前で仮面をつけているなど不敬だろうと言って怒った。
 
 レオンハルトは「顔を見せることができないような傷があるのです。幼い頃に病気になり、そのときに顔が崩れました」と、父との間で取り決めていた嘘をついた。
 大抵の場合、こう言っておけばそれ以上追求してくる者はいない。

 それはうつる病気なのかとなおさら気味悪がり、距離をおく者がほとんどだからだ。

「そのような気味の悪い者が私の護衛になるのか?」
「顔に傷があるというだけで、他に問題はありません。レオンハルトは誰よりも強い。殿下を守る立派な剣になりましょう」

 見かねた父がそう口添えをしたが、アルヴァロの不機嫌はおさまらなかった。
 茶会の最中近づいてくるなと言い、レオンハルトを邪険にした。

 それについては、どうとも思わなかった。
 父が小声で「殿下も駄目かもしれないな」と呟いて、レオンハルトも父と同じ気持ちだった。
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