悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ

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救いの手

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 レオンハルトは泣きじゃくるルティエラをきつく抱きしめて、その髪を撫でた。

「怖かったな、ルティエラ。遅くなって、悪かった」
「ごめんなさい……レオンハルト様の助言をきかなかった私が悪いのです、ごめんなさい」

 まるで、幼い頃に戻ってしまったかのようだ。
 誰かに甘えることも、縋ることも、助けを求めることもできなかったあの頃に。
 完璧を求められたルティエラには、少女時代などはなかった。

 抱きしめられるあたたかさも、助けてくれる力強い手も知らなかった。
 それが、普通だった。それしか知らなかった。だから、こうして手を差し伸べてもらうと、恐怖と安堵がないまぜになって、ただ甘えるように泣くことしかできない。

「君は何も悪くない。君には落ち度などない。……ここまでするとは、俺も思っていなかった」
「レオンハルト様も、私がふしだらで、淫らだから、お嫌いでしょう……私、こんな……穢らわしい女です。ですから、どうか、離してください。もう、大丈夫ですから」
「強情だな」

 これではいけない。
 甘えてはいけない。こんな姿を見られてしまった。
 その事実がルティエラの心に、傷をつける。
 罪悪感から鮮血があふれだして、床に広がっていく。
 自分の肌が、汚らしく思える。レオンハルトには嫌悪されていた。その上、彼のいうことを聞かずに口に出すのも憚られるような目にあったのだ。
 自業自得だ。
 腕の中から逃れようとするルティエラを、レオンハルトは強引に抱き上げた。

「君は何も悪くない。俺が君を嫌っているなど、あるわけがないだろう。嫌いな女を傍に置くようなことはしない」
「……同情してくださっているのですよね、ありがとうございます」
「黙っていろ、ルティエラ。君は俺にしがみついて、怖かったと泣いていればいい」
「……っ、私が、悪いのです」
「ルティエラ。俺のいうことが聞けないのか?」
「お願いです。もう、許してください。こんな姿、見られたくないのです」

 服は乱れていて、下着もおろされている。とても、見せられない姿だ。
 ルティエラは、怯えていたし、混乱もしていた。
 レオンハルトに助けられたことに安堵して彼にすがりそうになった心を叱咤して、せめてと抵抗をする。
 迷惑をかけたくない。これ以上は。彼の優しさに甘えたくなかった。
 嫌われていることはわかっているのだから。放っておいてほしかった。

「ルティエラ。悪いのは俺だ。君を一人で帰した。少し痛い目をみれば思い知るだろうと考えていた。だが、こんなことになるとは。すまなかった」
「……レオンハルト様」
「ともかく、共に来い。君は泣いていい。甘えていい。俺がそうしてほしいと言っているのだから、いうことをきけ」
 
 レオンハルトの声音は、優しかった。
 子供を甘やかすように、慰めるように、それから、恋人に囁くように低く、甘い。
 
 ルティエラを一度おろすとマントを外してその体を包み、もう一度抱き上げる。
 それから、「こんなところに長居は無用だ」と言って、男たちが倒れている共同水飲み場を後にした。

「……レオンハルト様、申し訳ありません」
「謝るな。怖かっただろう。ルティエラ、もう、大丈夫だ。俺の傍から離れるな」
「……っ、はい、……ぅ、ぅ」

 小さく、声が漏れる。とめどなく涙が溢れてくる。
 嫌な記憶で頭がいっぱいになって、背筋が凍えた。
 
「いい子だ。いうことを聞いてえらいな、ルティエラ。辛かったな」
「怖かったです、怖かったの、嫌でした……レオンハルト様、ありがとうございます。いつも、助けてくださいます。いつも」
「そうだ。君を守るのは俺の役目だ。そう、約束した」
「約束……?」

 それ以上は、レオンハルトは何も言わなかった。
 騎士団本部の敷地内にある宿舎の隣。立派な邸宅が騎士団長用の住居である。
 レオンハルトが屋敷の中に入ると、すぐさま幾人かのメイドたちが並んで礼をした。

「湯浴みの支度をすぐに。それから服を用意しておけ。俺の部屋に食事と飲み物を用意したら、二階には近づくな」

 彼女たちは礼をすると、それぞれの仕事に向かう。
 誰もルティエラに視線を向けなかったし、一言も声を出すことはなかった。
 
 レオンハルトはルティエラを抱えて二階にある自室へと向かった。
 広い部屋には大きな文机が置かれており、暖炉やソファセット、ダイニングテーブルなどのどれも立派な家具が揃ってる。
 扉を隔てた奥の部屋が寝室になっていて、ルティエラはベッドの上に優しくおろされた。
 もう、涙は止まっていた。
 レオンハルトのマントを抱きしめるようにして体を隠しているルティエラの頬を、レオンハルトはそっと撫でる。
 涙を拭い、乱れた髪を耳にかけた。

「震えている」
「……もう、大丈夫です。レオンハルト様、本当にありがとうございます」
「嘘だな」
「どうして……」
「俺は嘘を見抜くのがうまい。そう言っただろう」

 レオンハルトはルティエラの隣に座ると、幼い子供するように、髪を撫でた。
 仮面の奥に隠れている瞳が、ルティエラをじっと見つめているのがわかる。
 キスを、されるのだと感じた。
 あんなことのあった後だ。男性を嫌悪するのかと、触れ合いは恐怖なのかと思っていた。
 けれど、レオンハルトのことは怖くない。嫌悪感も、感じない。
 顔が近づき、唇が触れ合う。

 柔らかい唇が触れて、すぐに離れていく。
 それから、指先がルティエラの唇をゆっくりと撫でた。

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