悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ

文字の大きさ
上 下
17 / 74

嫉妬と虐め 1

しおりを挟む


 元々、ルティエラの部屋はとても小さく、ベッドとクローゼットぐらいしか置かれていなかった。
 そこに、小さなテーブルと食事をレオンハルトが運び込んだ。
 昨日の食事は全て食べきることはできなかった。
 葡萄酒には口をつけなかったし、果物は残しておいてあった。
 
 ルティエラのために用意をしてくれたものだ。果物も葡萄酒も、大切にとってあった。
 それが今は、ベッドの上に、切り刻まれたメイド服と共にぶちまけられている。

 ベッドは葡萄酒色に染まり、割れた瓶が床に散乱していた。
 林檎や葡萄は潰れていて、ベッドはナイフが何度も突き刺さったように、切り裂かれて中の羽根がこぼれおちて、部屋中に飛び散っている。

「どうして……」

 簡素なものだが、部屋には鍵があった。
 鍵を壊して部屋に入ったのだろう。ドアノブも、鍵も、ひしゃげて壊されている。
 壁には『最低な娼婦』『消えろ』『死ね』と、赤いインクのようなもので書かれていた。

 呆然と、ルティエラは立ち尽くした。
 この半年、ここまでの嫌がらせをされたことはない。
 それどころか、最近ではそれも減ってきていたぐらいなのに。

「レオンハルト様に目をかけられて、調子に乗った罰よ」
「どうやって取り入ったの?」
「体を使ったに決まっているわ! クレスルード様と二人で話しているところも見たわよ」
「騎士様たちを咥えこんで、味方につけるつもりなのね? 薄汚い娼婦!」
「心優しい聖女様を苦しめておきながら、反省もしないで、男漁りをするなんて!」

 呆然としているルティエラを、使用人の女たちが取り囲んだ。
 彼女たちを、ルティエラは知っている。
 同じ使用人棟で寝泊まりをしている女性たちだ。挨拶を交わしたこともある。好かれているとは思っていなかった。嫌われていることも理解していた。
 けれど、ここまでの悪意を向けられているとは、思っていなかった。

「聖女様に言われたのよ。ルティエラは反省さえしていない。今度は騎士様たちを味方につけて、ひどいことをするつもりだって。聖女様は怯えていらっしゃったわ」
「私たちは頼まれたの」
「悪女に制裁を」
「娼婦が私たちと共に暮しているなんて、虫唾が走る!」

 使用人の女たちは、ルティエラの腕を掴んだ。
 骨が軋むほどに強く握られて、引きずられる。
 
「やめて! やめてください……! 誤解です……!」

 レオンハルトやクレスルードを味方につけようなんて思っていない。
 けれど、聖女直々に声をかけられて、命令をされた女たちには、ルティエラの言葉など届かなかった。
 彼女たちは、女神に選ばれた使徒にでもなったかのように、正義感と使命感に取り憑かれている。
 その瞳は狂気を孕んでさえいるように見える。
 ──言葉が、通じない。
 
 半年前の記憶が、想起される。
 そんなことは知らない、私は何もしていないといくら訴えても、アルヴァロは聞かなかった。
 抵抗などしていないのに、縄を打たれて、引きずられるようにして牢に入れられた。
 
 怖かった。恐ろしかった。
 今でも思い出すと足が竦み、背筋が凍えてしまうほどに。

「そんなに慰み者になりたいのなら、抱いてもらいなさいな」
「二度とレオンハルト様やクレスルード様の前に顔を出せないほどに、辱めてやって」
「貴族の女を抱けると言ったら、皆集まったのよ。喜びなさい」

 ルティエラが連れていかれたのは、共同の水飲み場だった。
 水瓶や、洗面用の桶がおかれている。掃除のしやすいようにタイルの張られた床に強引に押し倒されると、湿ったカビの匂いがした。
 ルティエラを、使用人の男たちが取り囲む。
 男たちは口元にいやらしい笑みを浮かべていた。

「嫌……やめてください……」

 声が震えた。若い男から年寄りまでもが、ルティエラを前にしてにやにやと、薄笑いを浮かべて、ぎらぎらした瞳をルティエラに向けてくる。
 嫌悪感に、体が怖気だった。
 レオンハルトに強引に口付けられたときも。抱きしめられたときも。
 嫌悪感など、まるで感じなかったのに。
 ──私は誰でもいいのかと、思ったぐらいなのに。

 そんなことはない。嫌で嫌で、怖くて、気持ちが悪くて、仕方がない。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

ワケあってこっそり歩いていた王宮で愛妾にされました。

しゃーりん
恋愛
ルーチェは夫を亡くして実家に戻り、気持ち的に肩身の狭い思いをしていた。 そこに、王宮から仕事を依頼したいと言われ、実家から出られるのであればと安易に引き受けてしまった。 王宮を訪れたルーチェに指示された仕事とは、第二王子殿下の閨教育だった。 断りきれず、ルーチェは一度限りという条件で了承することになった。 閨教育の夜、第二王子殿下のもとへ向かう途中のルーチェを連れ去ったのは王太子殿下で…… ルーチェを逃がさないように愛妾にした王太子殿下のお話です。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

処理中です...