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嫉妬と虐め 1
しおりを挟む元々、ルティエラの部屋はとても小さく、ベッドとクローゼットぐらいしか置かれていなかった。
そこに、小さなテーブルと食事をレオンハルトが運び込んだ。
昨日の食事は全て食べきることはできなかった。
葡萄酒には口をつけなかったし、果物は残しておいてあった。
ルティエラのために用意をしてくれたものだ。果物も葡萄酒も、大切にとってあった。
それが今は、ベッドの上に、切り刻まれたメイド服と共にぶちまけられている。
ベッドは葡萄酒色に染まり、割れた瓶が床に散乱していた。
林檎や葡萄は潰れていて、ベッドはナイフが何度も突き刺さったように、切り裂かれて中の羽根がこぼれおちて、部屋中に飛び散っている。
「どうして……」
簡素なものだが、部屋には鍵があった。
鍵を壊して部屋に入ったのだろう。ドアノブも、鍵も、ひしゃげて壊されている。
壁には『最低な娼婦』『消えろ』『死ね』と、赤いインクのようなもので書かれていた。
呆然と、ルティエラは立ち尽くした。
この半年、ここまでの嫌がらせをされたことはない。
それどころか、最近ではそれも減ってきていたぐらいなのに。
「レオンハルト様に目をかけられて、調子に乗った罰よ」
「どうやって取り入ったの?」
「体を使ったに決まっているわ! クレスルード様と二人で話しているところも見たわよ」
「騎士様たちを咥えこんで、味方につけるつもりなのね? 薄汚い娼婦!」
「心優しい聖女様を苦しめておきながら、反省もしないで、男漁りをするなんて!」
呆然としているルティエラを、使用人の女たちが取り囲んだ。
彼女たちを、ルティエラは知っている。
同じ使用人棟で寝泊まりをしている女性たちだ。挨拶を交わしたこともある。好かれているとは思っていなかった。嫌われていることも理解していた。
けれど、ここまでの悪意を向けられているとは、思っていなかった。
「聖女様に言われたのよ。ルティエラは反省さえしていない。今度は騎士様たちを味方につけて、ひどいことをするつもりだって。聖女様は怯えていらっしゃったわ」
「私たちは頼まれたの」
「悪女に制裁を」
「娼婦が私たちと共に暮しているなんて、虫唾が走る!」
使用人の女たちは、ルティエラの腕を掴んだ。
骨が軋むほどに強く握られて、引きずられる。
「やめて! やめてください……! 誤解です……!」
レオンハルトやクレスルードを味方につけようなんて思っていない。
けれど、聖女直々に声をかけられて、命令をされた女たちには、ルティエラの言葉など届かなかった。
彼女たちは、女神に選ばれた使徒にでもなったかのように、正義感と使命感に取り憑かれている。
その瞳は狂気を孕んでさえいるように見える。
──言葉が、通じない。
半年前の記憶が、想起される。
そんなことは知らない、私は何もしていないといくら訴えても、アルヴァロは聞かなかった。
抵抗などしていないのに、縄を打たれて、引きずられるようにして牢に入れられた。
怖かった。恐ろしかった。
今でも思い出すと足が竦み、背筋が凍えてしまうほどに。
「そんなに慰み者になりたいのなら、抱いてもらいなさいな」
「二度とレオンハルト様やクレスルード様の前に顔を出せないほどに、辱めてやって」
「貴族の女を抱けると言ったら、皆集まったのよ。喜びなさい」
ルティエラが連れていかれたのは、共同の水飲み場だった。
水瓶や、洗面用の桶がおかれている。掃除のしやすいようにタイルの張られた床に強引に押し倒されると、湿ったカビの匂いがした。
ルティエラを、使用人の男たちが取り囲む。
男たちは口元にいやらしい笑みを浮かべていた。
「嫌……やめてください……」
声が震えた。若い男から年寄りまでもが、ルティエラを前にしてにやにやと、薄笑いを浮かべて、ぎらぎらした瞳をルティエラに向けてくる。
嫌悪感に、体が怖気だった。
レオンハルトに強引に口付けられたときも。抱きしめられたときも。
嫌悪感など、まるで感じなかったのに。
──私は誰でもいいのかと、思ったぐらいなのに。
そんなことはない。嫌で嫌で、怖くて、気持ちが悪くて、仕方がない。
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