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仮面をつけた騎士団長
しおりを挟む雨の中からルティエラを助けたレオンハルトは、自分のマントを外すとルティエラを包んだ。
数歩離れた場所では、雨が降り続けている。
大粒の雨は、雲もないのに晴れた空から唐突に落ちているように見えた。
裏庭に水溜りを作り、木々の枝から青々とはえる葉から雫を滴らせている。
「この雨は、聖女か? 酷いことを」
「……言葉を話すことをお許しください、騎士様」
「無論だ」
「ありがとうございます。これはただの雨です。今日は凍えるほどは寒くないですし、雨は気持ちいいぐらいですので、ご心配にはおよびません」
仮面の向こう側の瞳に、ルティエラは微笑んだ。
包まれたマントがあたたかくて心地いい。
レオンハルトの瞳は、金の縁取りのある黒い仮面で覆われている。
仮面舞踏会のそれに似ているが、それよりも強固で頑丈に見える。
仮面は感情を隠してしまうが、レオンハルトがルティエラを心配してくれているのは、十分に伝わってくる。
「感謝いたします、騎士様。こんなによくしていただいたのは久しぶりです。下賤な私が騎士様のお召し物を汚すなどはいけませんから、どうかお構いなさらずに」
「下賤など……君は、エヴァートン家の令嬢だろう」
「今はもう、家名を失い、ただのルティエラです」
それに、罪人でもある。
親切は本当に、泣きたくなるぐらい嬉しいけれど、雨ぐらいなんてことはない。
服は洗えば綺麗になるし、干せば乾くのだから。
「仕事をおろそかにすると、懲罰が三日のびるのです。草むしりの仕事が残っていますので、どうか、離してくださいますか?」
「雨は、やむのか」
「それは、聖女様のお心次第です」
「俺が直接かけあおう。王太子と、聖女に」
「それはいけません。騎士様、私は悪女なのですよ。きっと、悪女にたぶらかされたと言われます」
ルティエラはレオンハルトから離れて、マントを丁寧に肩からはずすと、彼に返した。
それから、深々とお辞儀をして、雨の中に戻る。
せっかくの親切を拒絶してしまうのが、心苦しい。
だが、レオンハルトの手を煩わせるわけにはいかない。
クラリッサはルティエラを恨んでいるのだ。
火に油を注ぐ結果になることは明白だろう。
レオンハルトの立場も危うくなるかもしれない。
ルティエラはアルヴァロの婚約者時代に、レオンハルトと面識があった。
レオンハルト・ユースティス。
王の剣と呼ばれる、オブシディアン騎士団の騎士団長である。
ユースティス公爵家の長男で、年齢は確か二十四歳。若き騎士団長だ。
人前に出るときは顔半分を仮面で覆っている。理由は分からない。
若いが故に侮られるのを嫌っているのだとか、見られないほどの醜い顔をしているのだとか、目に何かしらの病気があるのだとか──色々な噂はあるものの、それは噂に留まっている。
姓をなくしたルティエラにとって、今はもう関係はないが、ユースティス公爵家とエヴァートン公爵家は中央の政治を巡って敵対関係にあった。
ユースティス家は、ルティエラがアルヴァロの婚約者になることに、最後まで異を唱えていたそうだ。
ルティエラがはじめてレオンハルトに挨拶をしたときは、臣下の礼をされただけで何も言葉を交わすことはなかった。
エヴァートン家の女だから嫌われているのだろうと考えていた。
だが、あとから聞いた話では、レオンハルトはたいそうな女嫌いなのだそうだ。
ルティエラだから嫌っていたというわけではないらしい。
恋人の噂もなく、女性を近づけない。
仮面をつけている素顔の知れないレオンハルトだが、その立場から、なんとか近づこうとする女性はあとをたたなかったらしい。
だが、どのような女性であろうと「迷惑だ」「近づくな」の一言で切り捨てる。
贈り物は受け取らず、騎士団に直接届けられたものはすべて焼却炉へと投げ込まれる。
それでも誰よりも強く優秀で、国王陛下──アルヴァロの父の信頼もあついのだという。
そんな前途有望なレオンハルトの経歴を、あと四年と半年もすれば城からいなくなる──おそらく、王都からも去り、どこかの田舎町でひっそり暮らすことになるはずのルティエラが、穢したりしてはいけない。
そんな思いからレオンハルトと距離を置いたのだが、レオンハルトは渡されたマントを腕にかけると、雨の中で草むしりをしているルティエラに近づいてくる。
「騎士様、濡れてしまいます」
「君は濡れてもいいのに、俺が濡れてはいけない理由はない」
「ですが」
「草むしりは終わりだ、ルティエラ。こちらに来い」
「困ります……っ」
レオンハルトは女嫌いではなかったのだろうか。
きっと優しい人なのだろうが、草むしりを終わらせてしまいたいルティエラは、困り果てた。
マントに包まれ強引に抱き上げられて、足が浮く。
レオンハルトの金の髪が、雨で濡れている。
金属製の仮面の下から、雨の雫が滴り落ちている。
「騎士様、私は雨に濡れるのが好きなのです……ですから」
「冷えると、体に障る。ルティエラ──俺の言うことをきけ」
「っ……ぁ」
反論を許さない低い声に囁かれて、どうしてかぞくりとした甘い刺激が背筋を走った。
ルティエラは唇を結び、吐息を漏らさないように耐えた。
昨日のことは何も覚えていないのに──触れる手の感触や、レオンハルトの硬い体に、琴線に触れる何かがあるようだった。
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