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半年前の婚約破棄 2
しおりを挟む聖女が見つかったのだと、王国は騒然となった。
聖女とは、女神フラウディーから祝福を受けた者のことである。
聖女は不思議な力を使うことができる。豊穣の女神フラウディーの祝福により、天候を操ることができるのだ。
よき時に雨を降らせ、よき時に晴れを与える。
その力は王国全土には及ばないまでも、旱魃の村に雨を降らせ、大雨や嵐を鎮めることができる。
天候は、農民たちにとっての死活問題である。
そして、農民が潤わなければ、領地も枯れる。当然、貴族たちにも影響が出る。
つまり、聖女とはその祝福の女神の名の通り、王国に豊穣をもたらす存在であった。
クラリッサは、無名な男爵家の令嬢だったが、聖女であることが判明してからは、アルヴァロの庇護下におかれるようになった。
その時クラリッサとルティエラは同学年で、アルヴァロは二年生。
ルティエラは嫌でも学園で二人の仲睦まじい姿を見ることになった。
だが、特に悋気を燃やしたりはしなかった。
ルティエラも、聖女の大切さを重々承知している。
その大切な聖女が、次期国王になるアルヴァロと良好な関係にあることは、国にとっては大変素晴らしいことだと理解していた。
ただ、二、三度、クラリッサには注意をした。
彼女がアルヴァロ以外の、婚約者のいる男性と親しくしていたり、二人きりで過ごしていたりするのを見ると、「それは淑女としては恥ずべき行為ですので、よろしくありません」と指摘をした。
クラリッサは泣きそうな顔をしていた。注意をされることに慣れていないのだろうと、ルティエラは思っていた。
そして、二年。
アルヴァロのクラリッサへの傾倒ぶりは、日に日に強くなっていく一方だった。
夜会にも王家の式典にもクラリッサを伴い、ルティエラは捨て置かれていた。
両親からは叱責されたが、ルティエラにはどうすることもできなかった。
離れた心を繋ぎ止めるすべを、王妃教育では教えられていなかったからだ。
このままアルヴァロと結婚しても、きっと幸せにはなれないだろう。
そんなふうに思いながら、王立学園の卒業式典に向かったルティエラは、皆の前でアルヴァロに罪を突きつけられた。
「ルティエラ。お前は聖女クラリッサに数々の嫌がらせをしていたようだが、それは本当か?」
身に覚えがなかったので、正直に「知りません」と口にした。
そうすると、今までルティエラを取り巻いていた友人だと思っていた令嬢たちが口々に
「ルティエラ様がクラリッサ様の教科書を燃やしたのです」
「ルティエラ様がクラリッサ様の制服をハサミで切ったのです」
「鞄にゴミを入れるところを見ました」
「靴を池に投げ捨てているところを見ました」
と言い出した。
身に覚えのないことだらけである。
驚くルティエラの前で、クラリッサがさめざめと泣き出した。
アルヴァロは冷たい目でルティエラを見下ろして、それから悲しげに目を伏せると首を振った。
「確かに私は、クラリッサに心を奪われて君を蔑ろにしていた。だが、クラリッサに嫌がらせをするなど、人としてあるまじき行為だ」
「私は、何も……!」
「クラリッサはずっと苦しんでいたのだ。その苦しみを、君も味わうべきだろう。婚約は破棄する。君には五年間の懲罰を与える。労働に励み、その歪んだ性根を入れ替えるがいい」
なんと寛大なのだと、アルヴァロは皆から賞賛された。
ルティエラのような悪女を投獄せずに、懲罰でとどめたのである。
ルティエラの言葉は、誰にも聞いてもらえなかった。
無実の罪を着せられたルティエラを、両親さえ信じてくれなかったのだ。
公爵家から捨てられる形で、ルティエラはエヴァートン姓を奪われて、ただのルティエラになった。
けれど、案外、落ち込まなかった。
懲罰局での懲罰は確かに大変だが、寝る間もないほどの王妃教育や、厳しい両親からの重圧や、アルヴァロとクラリッサの仲睦まじさを見せつけられて、捨て置かれる日々に比べれば、ずっと気楽だったのである。
それでも、やはり疲れはたまる。
酒を飲んでぱあっとしてしまったのは、失敗だった。
「お酒は美味しかったけれど……」
まさか、自由の翼が生えすぎて、見知らぬ男と性行為をしてしまうだなんて。
ずっと生真面目に生きてきた今までのルティエラでは、考えられないことだったのだ。
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