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半年前の婚約破棄 1

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 今日の業務を書いてある紙を、クレスルードに渡されて、ルティエラはふむふむと内容を確認した。
 正直疲れているしめっぽう眠いのだが、そんなことは言っていられない。
 
 これはただの仕事ではなく懲罰なので、定められた業務をこなさずにサボったりすれば、一日休んだ分、懲罰が三日増える。
 流石に病気や怪我などでは休みをくれる程度の人の心はあるのだが、二日酔いや寝不足で休みたいなどは論外である。

 三日ぐらい増えたところで──と思わなくもないが、塵が積もれば山となるのだ。
 ルティエラは五年間働かなくてはいけない。自由の身になれる頃には二十三歳になっている。
 
 それ以上懲罰期間が伸びるのは遠慮したいところである。

「今日はお掃除と草むしりだけでいいのですね」
「もっと増やして欲しいのか?」
「いえ。ありがたく働かせていただきますね」

 いつものようにモップとバケツを持って、掃除に向かう。
 もちろん広大な城をルティエラ一人で掃除することなどできないので、今日の配属場所はきちんと定められている。
 
 クレスルードに見送られて、城の一階にある懲罰局を出る。
 ちなみに、懲罰局は文官府などと違って人数が少ない。懲罰官はクレスルードを含めて五人。
 現在懲罰を受けているのはルティエラ一人である

 途中、懲罰対象者が同僚としてやってきても、皆、ルティエラ一人を残して先に任期が開けてしまうのだ。
 ルティエラ一人のために懲罰官が五人もいるというのは無駄なので、懲罰対象者がいないときは、懲罰官は騎士団で働いている。
 
 つまり、懲罰局というのは騎士団の部署の一つなのである。

 現在の懲罰局は、クレスルードとルティエラの二人きり。
 できればもっと優しい懲罰官が残ってくれたらよかったのにとは思わなくもない。
 クレスルードという人は、無愛想で怖いのだ。

「今日は、裏庭の草むしり。それから、一階の東廊下のお掃除」

 本日の業務をぶつぶつ確認しながら、ルティエラは東廊下へと向かう。
 高貴なご身分の方というのは、基本的に上階で暮らしている。
 一階は使用人たちの生活空間になっている。
 といっても、城は広すぎて、使用していない場所も多い。
 東廊下などはその筆頭で、誰もいないし何もない場所なのだが、国王陛下が住んでいる場所なのだ。使っていようが使っていなかろうが、綺麗にしておかなくてはならないのである。

 東廊下にたどり着く前に、裏庭の井戸で水を汲んだ。
 重たいバケツを持って東廊下にたどり着く。
 どこまでもきりがないほどに、長い廊下が続いており、左壁には窓が並び光が差し込み、右壁には使われていない部屋のある扉が整然と並んでいる。

 粉石鹸を床に撒いて、モップを湿らせて、黙々とモップを動かし始めた。
 半年前はおぼつかなかったモップ捌きだが、今はだんだん様になってきている。

「あと、四年と半分。もう少しね」

 掃除をしながら自分を励ました。
 半年はあっという間だった。だからきっと、四年と半年もあっという間だろう。

 半年前、ルティエラはエヴァートン公爵家の長女として優雅に暮らしていた。
 ルティエラの両親は厳しい人たちで、公爵令嬢としての完璧さをルティエラに求めた。

 それは、ルティエラが生まれた時に、王太子アルヴァロとの婚約が既に定められていたからである。
 貴族間の力関係や、アルヴァロとの年齢差などを上位貴族たちの中で話し合い定められた婚約だった。

 ルティエラの幼い頃の記憶は、公爵令嬢としての教育と、王妃教育でほぼ占められている。
 特に、不満はなかった。疑問も抱かなかった。
 生まれてからずっとそれが当たり前だったので、そういうものだと思っていた。

 公爵家に生まれて、アルヴァロの婚約者なのだから、厳しく躾けられて当然である。
 そうして頑張るうちにルティエラは『エヴァートン家の麗しの花』と呼ばれるようになっていた。

 アルヴァロとの関係は、そう悪いものでもなかった。
 アルヴァロは婚約者としてルティエラを扱ってくれていた。ルティエラもまた、王妃教育に則り、正しい婚約者としてアルヴァロの側にいた。

 その関係が崩れてしまったのは、ルティエラが十七歳の時だ。
 王立学園に入学して間もなくのことである。
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