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三年後の世界
しおりを挟むそれからアダムとは、何度か保健室で会った。
交わす言葉は多くはなかったが、アダムの顔を見ると、常に緊張していたシャロンの心は僅かに緩むことができた。
けれどそれも、いつもではない。アダムは学園にいないことが多く、冬の前には――領地に帰ったという噂をきいた。
思いのほか、その事実はシャロンの心に突き刺さった。
同じ孤独を理解していると一方的に思っていたアダムがいなくなると、シャロンの心はよりいっそう、鉄線で雁字搦めにされたように痛みと苦しさを訴えるようになった。
けれど――シャロンの知るアダムは、小柄で、まるで弟のようだったのに。
目の前の男は、少年ではない。
どこからどう見ても、男性だった。それも、とても立派な姿をしている。
「あぁ、よかった。本当によかった、私の姫。もう、二度と目覚めないかと思った」
「……アダム様、私は……ここは、一体……?」
「君は学園の湖に落ちたんだ。それから――三年」
「三年……?」
人は、三年も意識のないまま生きていられるのだろうか。
シャロンの体には、おかしなところは何もない。極端に細いわけでもなければ、起き上がれないわけでもない。
「精霊の湖には、精霊が住んでいる。願いを叶えるという伝説があるだろう? 君の願いは聞き届けられたのかもしれない。私が助け出したとき、君は冷たくなっていた。まるで、死体のようだった」
「アダム様が、私を?」
「あぁ。隣国で、私の病にきくという薬がみつかり、取りに行っていたんだ。ようやく学園に戻って、君に会おうとしたら――どこにも、君がいない。心配になって探し回っていたら、湖に飛び込む君をみつけた」
「私は……なんて、ご迷惑を」
「迷惑などではないよ。すぐに助けたのだが、水を飲んだ様子もないのに、君は目覚めない。オリバーや、公爵夫妻は君を、死んだと決めつけた。心臓が動いていて呼吸もしているのに、死んだわけがないだろう。だからね、私は君を盗んで、ここに」
そこにはシャロンの知る少年はいなかった。
面影は残るものの、すっかり立派になった、むしろ体格のいい美しい青年の姿がある。
愛しげに見つめられて、硬い指先で頬や唇を辿られて、シャロンは体が熱くなるのを感じた。
「目覚めてくれて、よかった。目覚めなくても、君を離す気はなかったけれど。体は、おかしなところはないだろうか。痛いところは?」
「ないです。大丈夫、です」
三年と、ぼんやりシャロンは考える。
身投げしたときシャロンは十六歳だった。つまり今は、十九歳。
両親やオリバーはシャロンを死んだといい、アダムだけが、シャロンは生きていると信じてくれていた。
「……アダム様。どうして、そこまで。あなたとは少ししか、話したことしかないのに」
「それは、食事をしながら話そうか。湯浴みもしよう。君の世話は、毎日私がしていた。だから、任せて」
「え……」
「大丈夫だよ、私の姫。おかしなことはしていない。ただ、君を誰かに触らせるのが嫌でね。私は他人を信用していないんだ。だから、この部屋に入れる侍女は先程のアレクシスだけ」
歌うようにそう言いながら、アダムはシャロンを抱き上げた。
それから思いだしたように「あぁ、ここは王城だよ」と、付け足した。
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