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アダム・グロス

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 シャロンが目覚めたのは、美しい薔薇の花で埋め尽くされた豪奢なベッドの上だった。
 花が敷き詰められているので、一瞬棺桶の中にいるのかと思った。

 棺桶の中にいるのに意識があるというのもおかしな話しだ。
 だとしたら、ここは死後の世界なのだろうか。

 頭が僅かに、ずきりと痛んだ。死後の世界でも痛みを感じるものなのか。
 シャロンが起き上がると、体の上から赤い薔薇の花弁が散った。

 花は床にまで広がっている。シャロンが眠っていた場所は、ベッドというよりも祭壇に近いのかもしれない。

「ここは……」

 身に纏っているのは、湖に落ちたときの制服ではない。

 美しいドレスが着せられている。倦怠感に眉を寄せながらなんとかベッドから降りると、物音を聞きつけたのか扉が開いた。

 顔を出したのは、侍女のような女性だった。
 その女性が慌てたように大声をあげる。

「アダム様! シャロン様がお目覚めになりましたよ!」

 アダム――。
 聞き覚えのある名だった。
 ややあって部屋に慌てたように入ってくる男性の姿がある。

 その男性は薔薇の花の中に所在なく佇んでいるシャロンを抱き上げると、再びベッドに寝かせた。
 優しく手を取り、手の甲に唇を落とす。

「ようやく目覚めてくれた。私の、眠り姫」

 鋭い目つきをした男性である。切れ長の青い瞳に、月の光のような銀の髪。
 背が高く、体格もいい。美しい流線型の耳飾りをつけていて、首から頬にかけて黒い紋様が入っている。

 美しいが、どこか退廃的で、恐ろしい雰囲気のある男性だ。
 一目見たら忘れることのできない容貌をしているのに、どうにも思い出せない。
 
 アダムという名前は聞き覚えがある。それに、その銀の髪や、青い瞳も。

「……アダム・グロス様?」

「よく、私だと気づいてくれた。嬉しいよ、シャロン」

 ぱちぱちとまばたきをして、まじまじとアダムを見上げる。
 アダム・グロスはシャロンの知る限りでは、線の細い病弱な少年だった。

 シャロンと同級であったが、滅多に学園に顔を出すことはない。
 一年の半分以上、熱を出して寝込んでいるのだという噂だった。

 グロス辺境伯家の一人息子であったが、辺境伯家を継ぐにはいささか体が弱すぎる。
 王都に来たのは学園に入学するためというよりも、療養のためというのが大きいらしい。

 二、三度、言葉を交わしたことがある。
 アダムは学園でいつも一人きりでいた。多くの場合は保健室のベッドで寝ていた。

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