目覚めた五年後の世界では、私を憎んでいた護衛騎士が王になっていました

束原ミヤコ

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生贄

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 翌日――教室に向かうと、その空気は一変していた。
 レフィーナを取り巻いていた令嬢たちは、レフィーナから距離を置き、嫌悪の瞳を向けていた。
 誰も彼もがレフィーナに陰口をたたき、廊下を歩いているとゴミを投げつけられた。

「レフィーナ・レイドリック! 王国では許されていない人買いを行い、奴隷を侍らせていた悪女!」

 そう――大声で叫んだのは、誰だったか。
 誰かがそう口火を切ると、皆が一斉に「悪女」「人買い」「最低な犯罪者」だと、レフィーナを罵り始める。

「殿下がお呼びだ」

 レフィーナは、男子生徒たちに拘束されるようにして、礼拝堂へと連れて行かれた。

 礼拝堂には、騒ぎをききつけた生徒たちが野次馬のように集まっていた。
 礼拝堂の奥には聖女ミネアとアルフレッドが、ステンドグラスからさしこむ光を背にして立っている。
 神の代弁者というのも頷ける、神々しい姿だった。
 
 レフィーナは、その前に強引に跪かされた。

「レフィーナ。レイドリック公の悪事は公になった。かねてから、父も心を痛めていたのだ。あのような大罪人が公爵の地位にいることをな」

 レフィーナの背後にいる男が、レフィーナの頭を床に押しつけている。
 どこかを切ったのだろう、鉄錆の味が口の中に広がった。

「父は確かに、大罪人です。ですが、それは、陛下も同じ」
「我が父を愚弄するのか!? 貴様は私の婚約者でありながら、男を傍に侍らせていた。姦淫罪は、重罪だ、レフィーナ!」
「シグナスは、ただの奴隷です。レイドリック家の女が、奴隷に体を差し出すようなことは、いたしません」

 押さえつけられながらも、レフィーナは毅然とアルフレッドを睨み付けた。
 レイドリック家は悪だ。そして、その家に生まれた私も同じく同罪だろう。

 ――ならばせめて、潔く散りたい。

 もう、シグナスはいない。
 もう、なにもない。

「口の減らない女だ。ミネア。君の予言を、聞かせてやれ」
「はい。近い未来、この国は大きな厄災に見舞われます。その厄災を防ぐため、人柱が必要です。ヘルグラシアの祭壇に、人柱を捧げなくてはなりません」
「だ、そうだ。ただ殺すよりも、この国の役に立ったほうがいいだろう、レフィーナ。ミネアは、自らが人柱になると申し出てくれた。だが、ミネアは私の大切な人だ。人柱は誰でもいいのだ。レフィーナ、国のために、死ね」

 ヘルグラシアの祭壇とは、聖女と並ぶこの国の神秘である。
 王国の中枢、冥府の神ヘルグラシアの大神殿の奥にある祭壇に身を捧げたものは、王国を災いから救う人柱となる。

 その体はクリスタルの中に閉じ込められて、死ぬことも生きることもできずに、王国の為に祈り続けるのだ。
 
 レフィーナが、聖女を人柱だと考えている所以である。
 歴代の聖女は、その力が尽きると、ヘルグラシアの神殿で神への貢ぎ物とされる。
 人柱となり、王国の安寧を祈り続ける存在となる。

 本来ならミネアが、そうなるはずだった。
 けれど――その役割は、レフィーナに移った。

 レフィーナは、数日間投獄をされた。
 投獄をされている間は、外がどうなっているのか分からなかった。
 父が、家族がどうなったのかも。まだ幼い妹が、無事であるのかさえ。

 せめて、まだ何も知らない妹が、無事であればいいと願う。
 凍った心に、そんな情が残っていたことに俄に驚き、それがなんだかおかしかった。
 羨ましかったはずだ。愛されたいと願っていたのだから。
 
 けれど――やはり、レフィーナは平気だったのだ。
 心が凍っていたからではない。シグナスが、傍にいてくれたからだ。

 数日後、身を清められ、清潔な祭礼用のドレスを着せられた。
 そして、祭壇へと連れて行かれた。
 
 許された一部の者だけしか入ることのできない祭壇には、歴代の聖女の水晶の柱がある。
 ――あるのだと、思っていた。

 けれど、そこには何もない。
 ただ、祭壇があるだけだ。祭壇の前には、大きな門がある。
 門は、目玉がいくつもあるような、不気味な形をしている。

 国王やアルフレッド、ミネアや、神官たちが居並ぶ中、レフィーナは祭壇へとのぼらされた。

「冥府の王ヘルグラシア様。この者の祈りと引き換えに、我が国に安寧をもたらしたまえ」

 ミネアが歌うような声で、祈りを捧げる。
 祭壇の前にある大きな扉が、内側からゆっくりと開き始める。
 その奥にあるのは、暗闇だ。
 どこまでも続く深淵の向こう側に、何かおそろしい気配がする。

 レフィーナの体が、光で包まれる。
 ――怖くはない。これで終わりだ。

 ほんの僅かな幸福な記憶が、走馬灯のように脳裏を巡る。
 スプーンの使い方が分からずに、手をベタベタにしていたシグナスの姿。
 一緒に、本を読んだ。絵本の子犬が可愛いと笑った。
 ここではない、どこか遠くへいけるだろうかと呟くと、「必ず」と頷いてくれた。
 いい子だと、頭を撫でると嬉しそうに微笑んで、「レフィー様」と名前を呼んでくれた。

 それはレフィーナの罪の記憶だった。
 けれど――今だけは、一方的に想うことを許して欲しい。
 これで、最後だから。

 意識を失う間際、視界の端に赤が散ったような気がした。


 ◆

 ――ここは、どこだろうか。

 誰かが、私を見ている。
 誰だっただろう。どこか暗さがあるけれど、精悍な顔立ちの男性である。
 
 美しい金の髪に、青い瞳。片方だけしかない瞳の奥には、悲しみがある。
 もう片方の瞳は、黒い眼帯で覆われていた。

 その男性の向こう側には、黒々とした化け物がいる。
 それが一体何なのか、レフィーナには分からない。
 
 化け物は、黒い蛇の形をしている。人を丸呑みできるほどの巨体である。
 おそろしい姿だが、大人しく目を閉じて、とぐろを巻いていた。

「――レフィ。どうか、目を覚ましてくれ。君の声が、聞きたい」

 レフィーナは、ガラスの棺に入っているようだった。
 その棺に額を押しつけて、祈るように呟く。
 あぁ――そうだ。

 思いだした。

「……シグナス」

 そう呟くと、棺にぴしりと、ひびが入った。


 ◆
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