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番外編

 もう一度の再会 2

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 ◇

 かつて結婚したばかりのラティスを一人残して辺境に向かったシアンは、連絡を寄越さなかった。
 その気持ちがヨアセムには少し分かる。
 家族というものを知らず育ったシアンには、手紙を書くという習慣がなかったのだ。
 ヨアセムもそうである。

 魂を分けた双子の姉のアルセダは常に共にいるために、手紙を書く必要はない。
 離れた場所に家族がいるわけでもないために、手紙を書いたことがなかったのだ。

 仕事の連絡を文字にして伝えることはあるが──それは手紙とは言えない。
 白紙の紙を前にすると、書くべき言葉がみつからなくなってしまう。

 かつてのヨアセムはシアンが連絡をしてこないのは、そういう性格だからだと解釈していた。
 
 ヨアセムにとってシアンとは、何を考えているのかよく分からないが、ともかく常に冷静沈着で格好いい──という憧れの対象だった。

 もちろんそういう部分もある。だが、きっとそれだけではないのだろう。
 今のシアンは、かつてのシアンとは少し違う。

 寡黙で表情があまり変らないが、ラティスや子供たちといると醒めた瞳は柔らかく細められて、穏やかな笑みを浮かべているときがある。

 きっと、幸せなのだろう。
 幸せを感じることができるようなったのだろう。

 ヨアセムにとってそんな主の変化はとても嬉しいものだった。

 ハロルドと共にミュラリアに向かったシアンは、週に一度はラティスに手紙を送ってくるようになった。
 青い蝶が屋敷に飛び込んできては、炎の文字となり消えていくのである。

 手紙──とは少し違うが、手紙のようなものだ。
 今は国境にいる。ミュラリアに入った。ミュラリアの食事は味が濃い。
 今日は晴れている。皆は元気か。
 ラティスに会いたい。
 子供たちに会いたい。

 そんな言葉が浮かんでは消えていく。
 ラティスはそれを愛おしそうに見つめて、届けることのできない返事を書き綴っていた。

 王の護衛で隣国に向かったシアンには、手紙を送ることはできない。
 火急の用でもないかぎりは、仕事の邪魔になるからだ。

 これがまだ辺境の駐屯地ならば届けようがあるのだが──。

 聡明なラティスはそれをよく理解している。そのため、手紙を届けて欲しいなどとは一言も口にしなかった。
 子供たちに「お父様にお返事を届けたい」と言われても「お帰りを待ちましょう」と、優しく諭していた。

 そんな日々が一ヶ月ほど続いたある日のこと。
 ヨアセムが、オランジットとアルセダと共に庭に穴をほり新しく買ってきたレモンの木を植えていると、目の前に青い蝶が現れた。
 
 蝶は、文字へと変っていった。

『帰還が決まった。今日出立した。二週間程度で戻ることができるだろう』

 シアンからの連絡である。
 ヨアセムは慌ててラティスに知らせようとして──足を止めた。

「どうしたの、ヨアセム。ラティス様に伝えないの?」
「どう思う、アルセダ」
「何が、かしら」
「以前の帰還の時は、よくないことになっただろう?」
「あぁ」

 ヨアセムとアルセダは、オランジットに視線を送った。
 オランジットは困ったように眉を寄せて「その節は申し訳ありませんでした」と謝罪をした。

「いやいや、謝って欲しいわけじゃなくて。悪いね、オランジットさん。もう終わったことなのに」
「いえ、罪は罪ですから」
「ヨアセムが余計なことを言うから、オランジットが気にしてしまったじゃない」
「すいません」
「お二人とも、私のことは気にせず……それで、何故ラティス様に伝えないのですか?」

 オランジットに尋ねられて、ヨアセムは密談をするように彼女たちに顔を近づける。

「ラティス様に御子がお生まれになってから、シアン様とラティス様は、お二人の時間をとるということが難しかっただろう? せっかくのご帰還。あれから一ヶ月、こんなに離れたのも久々だ」
「なるほど……」
「そうですね、子が生まれると、時間を取ることは難しいものです」
「だからさ、あの日のやり直しをしていただきたいんだよ。二人で」
「つまり、どうしたらいいのかしら」
「ラティス様とシアン様を二人きりにするということですか?」

 ヨアセムは大きく頷いた。
 かつてシアンがそうしたように、ラティスにはシアンの帰還を伝えない。
 突然の帰還のほうが喜びは大きいだろう。
 二人の子供はヨアセムとアルセダ、そしてオランジットが責任をもって、しばらく王都の皆との傍にある宿へと連れて行く。

 家からあまり出たことがない子供たちである。
 同じ王都の中とはいえ、旅行といえば嬉しいだろう。
 新米騎士として働いているフェルネを呼べば、いい遊び相手にもなるはずだ。

「シアン様はお怒りにならないかしら」
「シアン様も、子供たちに会いたいでしょう」
「二日三日ですぐに戻ればきっと、怒ったりはしないはずだ。ああ見えて優しいからな、シアン様は」

 ヨアセムの提案に、しばらく悩んだ後に、二人とも納得したようだった。
 細かい打ち合わせをしたあとに、宿の手配や他の使用人たちへの連絡をした。
 ウェルゼリア家の使用人たちは、皆、信用できる。
 誰もが「秘密ですね」「わかりました」「きっとラティス様は喜びますよ」「シアン様も」と、楽しそうにヨアセムの提案に合意をしてくれた。

 全ての根回しを終えると、ヨアセムはラティスや子供たちへの旅行の提案をしに向かったのだった。


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