50 / 55
強引な尋問 1
しおりを挟むレイノルドは上着を脱ぐと、乱暴に床に放り投げる。
タイを緩めてシャツのボタンを外し、長い髪を結っていた紐を解いた。
美しく着飾っていたレイノルドから、退廃的な魅力のある服を着崩したレイノルドに変わり、フラウリーナは高鳴る胸を押さえた。
胸を高鳴らせている場合ではないのだ。
落ち着けと、自分に言い聞かせる。
本当ならば今頃は、シャルノワールたちをやり込めることができた勝利の美酒などを誰かと、酌み交わしていたはず。
レイノルドにはおそらくはどこかの部屋でレイノルドを待っているはずのイリスの元に行ってもらい、フラウリーナは勝利の美酒と失恋の痛手を、どこかの誰かと一緒に味わっていたはずだ。
どこかの誰かというのは、フラウリーナには社交界に友人や知人がいないのだ。
だが一人ぐらいは、フラウリーナに付き合ってくれる者がいるはずだ。多分。
シャルノワール派だったものたちがどうするのか、フェルラドがどうするのか。
そんなものを酒の肴にして、高みの見物をするつもりでいた。
どこにあるのかさえわからない、深い森の中の屋敷の一室に連れ込まれるなんて全くの想定外だった。
「フラウ。あれだけ俺と結婚すると大騒ぎをしていた癖に、今度はイリスの元に行けとは。大人をからかって遊ぶと痛い思いをする」
レイノルドのそばに光の球がいくつも浮かんでいる。
それは天井まで浮き上がって、白から橙色に変化をした。
薄暗い部屋を照らす橙色の灯りは優しいが、フラウリーナが感じているのは緊張と焦りだ。
雲の上に寝そべっているようなふかふかのベッドの上で上体を起こして、慌てて首を振る。
「からかってなどおりません。でも、私はレノ様に幸せになってほしくて」
「俺の幸せを決めるのは俺だ。言ったはずだ。今更イリスのことなどどうとも思わないと。たとえ不幸になろうとも、それは自分で選んだ選択だろう」
レイノルドはベッドに膝をつく。
それから、起き上がっているフラウリーナの腰を抱くようにしながら、慎重にベッドに押し倒した。
体を包むようにして上に覆いかぶさっているレイノルドは、背が高く以前よりもずっと肌に張りがあり、肉付きもよくなっている。
肋骨が浮き出るような骨と皮ばかりの体から、今は細身だが筋肉の硬さがある。
不実を責めるような、それでいて全てを見通すような赤色の澄んだ瞳と視線が絡み合う。
「イリスの姿を見た後から、お前の様子はおかしかったな。ただの嫉妬ならばいい。だが、違うな、フラウ。お前は何を考えている? 話せ」
「わ、私はただ、レノ様に幸せになっていただきたくて……」
「いつものお前なら、怒りに満ちたレノ様も素敵。情熱的に求められると過呼吸で倒れてしまいますわ……などと言うところだろう。あれらの過剰な言葉は演技だということぐらい、気づいている」
「演技では……」
「俺が共に過ごした少女は、大人しく思慮深く物静かだった。人はそう変わらない。変わろうと思っても、変われるものでもない」
もちろん、フラウリーナの中にはその部分が残っている。
けれど、変わったのだ。レイノルドに恋をして、フラウリーナは変わった。
ただ何もできずに静かに死を待つ日々から解放されて──救いたい相手が。
救わなくてはいけない相手が、できたのだから。
「私は、レノ様のことが好き。ずっと、恋をしておりました。その気持ちには嘘はありません。レノ様には幸せになってほしい。この気持ちも本当です。レノ様とイリス様は、少し、すれ違ってしまっただけですわ。今からでも、遅くはないと思います」
「余計な世話だな。いいか、フラウ。確かに過去、俺はイリスに求婚をした。そろそろ身を固めるべきだと考えていた時期だ。イリスからの好意には気づいていたし、俺も、憎からず思っていた。元々俺は感情が薄く、燃えるような愛などは感じていない。ただ、なるようになった。それだけの話だ」
「そ、そうですね、そうなのです。……だから、レノ様は今からイリス様の元に」
「俺たちが結ばれる前に、俺は辺境送りとなった。いくらでも、回避する方法はあったはずだ。大人しくしている必要もなかっただろう。イリスへの愛を貫くのなら、彼女をさらい、どこかに二人で消えることだってできた。……だが俺は、それをしなかった」
一つ一つの事実を確認するように、レイノルドは続ける。
「俺は選んだんだ。辺境の地で一人で余生を送ることを。恨む気持ちが全くなかったとは言えない。だが、それ以上に人間に嫌気がさした。それは俺の選択だ。そしてフラウ。罪を犯したと皆に言われて、薄汚れた館で閉じこもっていた俺の元にお前は来た。どんな酷い態度をとっても、お前は逃げなかった」
「酷い態度など、取られておりません。レノ様は、いつも優しくて」
「あの状況で、そう思えるのはお前ぐらいだろう。フラウは俺の元に来ることを選んだ。イリスはシャルノワールと結婚することを選んだ。彼女に同情する必要はあるか? 自分の行動の責任は、自分で取らなくてはいけない」
「でも、イリス様はまだ、レノ様のことが好きです」
うまく、呼吸がつげない。
喘ぐように、最後の抵抗のようにそう伝えた。
イリスはきっと考えている。酷い夫の元から、本当に愛していた人が助けてくれるのだと。
「知ったことか。もう、興味もない。それよりも、だ」
レイノルドは冷たくそう言って、じっとフラウリーナの顔を見下ろした。
182
お気に入りに追加
1,025
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。

【完結】それはダメなやつと笑われましたが、どうやら最高級だったみたいです。
まりぃべる
ファンタジー
「あなたの石、屑石じゃないの!?魔力、入ってらっしゃるの?」
ええよく言われますわ…。
でもこんな見た目でも、よく働いてくれるのですわよ。
この国では、13歳になると学校へ入学する。
そして1年生は聖なる山へ登り、石場で自分にだけ煌めいたように見える石を一つ選ぶ。その石に魔力を使ってもらって生活に役立てるのだ。
☆この国での世界観です。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします
宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。
しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。
そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。
彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか?
中世ヨーロッパ風のお話です。
HOTにランクインしました。ありがとうございます!
ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです!
ありがとうございます!
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる