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嵐の夜に
しおりを挟む黒い獣が窓を軋ませる。
屋敷の周囲の木々が弓のようにしなり、揺れて、枝から飛ばされないようにしがみつく葉が風の中でくるくると舞う。
「屋根が吹き飛んでしまいそうですね」
窓の外をみつめて、フラウリーナは不安に眉を寄せていた。
怖いことを隠さなくていいと言われたので、そのようにしている。
もう知られてしまっているのだから、隠す必要もなくなった。
ごうごうと鳴り、がたがたと揺れる――元々は立派な屋敷だったはずのこの場所は、今は廃墟というほどでもないが、屋根が飛びそうなぐらいには古めかしい。
食事を済ませ湯浴みをすませ、まだ早い時間だが寝室に逃げ込んだ。
暗い部屋を蝋燭の明かりが照らしている。
ソファに座ってアロマ煙草の紫煙を吐き出しながら、レイノルドも窓の外を見ていた。
「吹き飛んだところで、問題はない。屋敷は三階まであるからな。ここは二階だ」
「雨漏りがするかもしれませんわ」
「雨漏りぐらいで死にはしない」
「……レノ様、あの」
「なんだ?」
「死なないって言いました。今。レノ様、どうせ俺などは雨に降られて凍死するのが似合いだ……とか言うかなと思っていたものですから」
「お前の中の俺は、死にたがっているのか」
「ええと、はい。……くだらない人生だった、ふ……って笑いながら、死んでしまいそうですもの」
フラウリーナはレイノルドの真似をしてみせる。
レイノルドはアロマ煙草を灰皿に置くと、窓際のフラウーナの傍まで向かった。
雨が叩きつける窓に、フラウリーナとその背後に立つレイノルドの姿が映る。
窓に映ったフラウリーナは、緊張と不安が入り交じったような表情をしている。
嵐が怖い。それだけではない。
ここにきてからずっとフラウリーナの存在を煙たそうにしていたレイノルドの態度に、どうしても緊張してしまう。
「レノ様、ええと、そ、その、あの……」
「嵐が怖い、雷が怖い。お前は変な女だが、案外普通なところもある」
「……私、普通の女ですわ」
「普通の女は精霊竜と契約などしない」
「全ては、レノ様のために……」
「お前にはそれしかないのか? せっかく病が癒えて生きられるようになったのに、何故俺のことなど」
「結婚してくださると約束しましたもの。あのときから私の全ては、レノ様になったのです」
愚かでもいいのだ。
馬鹿にされてもいい。
たとえ――この気持ちが一方的なものでも構わない。
恋とは自分勝手で、愛とは暴虐なものなのだから。
「本当は、レノ様が追放されたとき、守ってさしあげることができればよかったのです。でもその頃、私はまだ十三歳で――お父様とお母様は、大恩あるレノ様を救うために尽力しましたけれど、どうにもなりませんでしたわ」
「そうか。……それは仕方ないだろう。俺は、嫌われていたんだ。シャルノワールに貴族の大半は味方していた。陛下も、俺のことを見捨てた」
「酷い話ですわ。だって、レノ様はずっと陛下のために働いてきたのに」
「陛下のためではない。俺はずっと自分自身のために働いていた。お前の病を助けたのも、自分のためだ」
「たとえそうであっても、私は救われたのです。レノ様のおかげで多くの人が救われたのです」
窓にうつるレイノルドに、フラウリーナは話しかける。
雨脚が強くなっている。ざあざあと響く雨音が声と混じる。窓辺はやや肌寒い。
「辺境の人々も、レノ様のお陰で救われましたわ」
「それはお前が勝手に動き回ったからだろう」
「旦那様のために働くのは、よき妻の役目なのです」
「……俺のどこがいいんだ」
「全てが。あなたの全てが好きです。世を拗ねていても、寝てばかりいても、不健康そうでも。レノ様はレノ様です。私はあなたが好きです」
「俺ほど信用できない男はいない。お前を弄んで、捨てる可能性もある」
「それでも構いませんわ。だって、ひとときの夢だとしても、愛していただけるのですから」
フラウリーナはレイノルドと向き合う形で振り向いた。
「ねぇ、レノ様。この世界で確かなものなんて、愛ぐらいしかないのではないかなと思うのです。私は眠り病で、命がつきかけておりました。レノ様がくださった愛という燈で、今も生きることができておりますの」
「それは、単なる偶然だ。お前の人生を全て傾けるべきものではない。ままごと遊びはやめて、そろそろ家に帰れ、お嬢さん」
「私はいつだって真剣ですわ。あなたの傍にいます。あなたの傍に誰もいないのなら、私がいます」
挑むような光を称えた瞳が、レイノルドを見上げた。
気持ちをあけすけに話すのは、これがはじめてかもしれない。
フラウリーナはいつも真剣だったが、その言動をレイノルドは軽薄な冗談として受け止めているふしがあった。
剥き出しの本音を伝えることができたのは、揺れる屋敷と雨音のせいなのかもしれない。
それは嵐に見舞われる船のように心許ない。
軽薄な態度も、飾り立てた言葉も、こんな天気の日には全て雨音と共に消えてしまって、うまれたままの魂だけをさしだすことができてしまう。
これが本音。これが自分。他には、なにもない。
隠していることが一つだけあるけれど。それは、言えない。フラウリーナが消えるその時まで、伝えなくていいものだ。
「お前がここに来てから……色彩が戻ったようだ」
レイノルドは諦めたように、自嘲するようにそう呟いた。
「もう、諦めるべきなのだろうな。お前を、拒絶することを」
「……レノ様」
「リーナ」
「……っ」
「約束だ。来い」
背中に腕が回る。
案外しっかりとした男性の腕に、抱きしめられる。
フラウリーナはレイノルドの胸に顔を埋めた。嵐も雷も暗闇も、もう怖くなかった。
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