悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ

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出迎え

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 エウリアと挨拶をして食堂を出ると、空には星が小さな宝石の粒をちりばめたように広がっていた。
 ラーチェルは小さく息をついて、空を見上げる。

(やっぱり……ちゃんと、聞こう)

 それはとても怖いことだけれど。
 疑問をずっと抱えて、ずっと疑って過ごすよりも、尋ねるべきだ。

 少なくともラーチェルは、オルフェレウスを誠実な人だと思っている。
 嘘をついたり誤魔化したりはしないだろう。

 決心すると、痛むばかりだった心が軽やかになった。
 胸のつかえがとれたようだ。こうなってくると、早く知りたいと思う。

 何を言われても受け入れる覚悟はできた──ような気がした。

(たとえばオルフェ様の心が私になくても、私はあの方を支えたいと思った。その感情は、私だけのもの)

 それでいいじゃないかと思う。
 好きだと思える人と、出会えた。結婚も決まっている。それ以上多くを求める必要はない。
 
「綺麗ね……」

 心が晴れたせいか、星空が、星たちが降り注ぐようにラーチェルの瞳に飛び込んでくる。
 村はすっかり寝静まっている。狼の遠吠えのような音が遠くに響く。
 小さな虫の声が聞える。
 家の灯りは消えて、街灯もない。そのせいか、王都よりもずっと星がよく見えるのだろう。

「星……生命の木、神聖なもの、幸せの香り……怪我を、癒やす」

 宿に向かってゆっくりと歩きながら、ラーチェルはぽつぽつと呟いた。
 なにかとても、素敵な考えが浮かびそうだった。
 リュシオンとの共同制作だというのならなにか華やかなものを──とも思ったけれど。
 少し違うかもしれない。傷を治すと信じられているのならば薬木だ。
 華やかさとは違うよさを表現できれば──。

「……っ!?」

 体がぼすっと何かにぶつかって、ラーチェルは立ち止まった。
 恐怖と驚きに前身がざわりとする。
 星を見て考えながら歩いていたから、前を見ていなかった。
 何かにぶつかったのは分かったが、壁や街路樹にしては弾力がある。でも硬い。
 これは、人だ。

「ご、ごめんなさい……っ」

 こんな夜更けに人とぶつかってしまうなんて。 
 もしかしたら、人ではない別の何か。
 幽霊、かもしれない。
 一瞬のうちにその考えが頭に巡り、ラーチェルは逃げようとした。
 けれど体をぎゅっと抱きしめられて、身動きがとれなくなっててしまう。
 まさか、不審者……!?
 ラーチェルは身構えた。一人旅をするにあたり、護衛から護身術や剣術を習っている。
 ある程度なら一人で対応できるはずだ。それに、一応、秘密兵器もある。

「……ラーチェル」
「……お、オルフェ様……?」

 ラーチェルが秘密兵器を取り出す前に、耳元で低い声が響いた。
 ぱちりと、暗闇の中でオルフェレウスの常に不機嫌そうな瞳と目が合った。

 オルフェレウスは、怒っているような、戸惑っているような、それから安堵しているような複雑な表情を浮かべていた。

「こんな時間に、一人でどこへ? 探していた。何かあったらと、心配した。危険だろう」
「私は、食堂で……話していたらこんな時間に」
「誰と?」
「食堂のエウリアさんと……三年前に、オルフェ様の看病をしてくださった方ですよ」
「あぁ、そんな名だったか。名前まではよく覚えていないが、あの時の」

 どことなく安堵の色を濃くして、オルフェレウスは頷いた。

「オルフェ様こそ、どうして」
「君が一人で出かけたと聞いて、場所を探し、追いかけた。きっとここだろうと思っていたが、確証を得たいがためにルルメイアに尋ねに行った。聞き出すまでに時間がかかってしまった」
「ルルメイアさんはすぐに教えてくれなかったのですか? 外出許可をいただいていたので、行き先も記入して渡してあったはずなのですが」
「何故おいかける必要があるのか、どうして君と結婚するのか、どういうつもりなのかと根掘り葉掘り尋ねられてな。返答しなければ教えない、と」
「ごめんなさい、オルフェ様。迷惑をかけてしまって」
「ラーチェル」
「……っ、謝罪、癖になっていますね。でも、今の謝罪は本当にそう感じたので」
「……心配した」

 オルフェレウスはそれ以上何も言わずに、ラーチェルの体を痛くない程度にきつく抱きしめた。
 本当に、心配してくれていたのだろう。
 心があたたかくなる。
 あれほど、悩んでいたのに。
 自分の単純さに呆れながら、ラーチェルはオルフェレウスの背中に腕を回した。

 

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