悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ

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リュシオンの研究室

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 ルルメイアからの研究発表会についての話を受けたラーチェルは、早速リュシオンの元へ向かった。
 ヴィクトリスは「リュシオンは苦手です。私は選ばれなくてよかったと思ってしまいました」とすまなそうに言い、アベルは「泣かされた女性は多いらしいよ、ラーチェルも気を付けて」と心配そうに言っていた。

 服飾府は扱っているものが装飾品やドレスの類で、女性と関わることも多い。
 必然的に女性との浮名が増えてしまうか、噂になりやすいだけだろう。

 実際──悪魔と呼ばれているオルフェレウスは、誠実で生真面目な人だ。
 元々ラーチェルはそんな風に思っていなかったし、その清廉さを尊敬さえしていたのだが、関わってみてその印象はもっと強くなっている。

 だからきっとリュシオンも──。

 そう、思っていたのだが。

「ラーチェル、来てくれたんだね! 君と一緒に研究発表会に参加できるなんて嬉しいな」

 調香府と同じ研究棟にある服飾府に顔を出すと、リュシオンは開口一番嬉しそうにそう言って、ラーチェルの手をぎゅっと握りしめるとその体を引き寄せて、知人にしては近すぎる距離感で抱きしめてきた。

 ──たしかにこんな人だったわね。

 何度かモデルをして欲しいと話しかけられた時も、ずいぶんと人懐っこい人だなと感じた。
 とはいえその時は、廊下を歩いている時に話しかけられて「遠慮させていただきます」とお断りをして立ち去った程度だったので、ここまで距離は近くなかったのだが。

 まぁでも、これは挨拶だ。
 オルフェレウスも挨拶だから抱きしめたのだと言っていた。
 ルーディアスもこのような感じの人なので、そう珍しいわけでもない。

 すらりとして背が高く、手足の長いリュシオンにぐいぐい抱きしめられながら、ラーチェルは自分を納得させた。
 少なくとも、常に不機嫌な相手と共同発表をするよりは、人懐っこい方が話がしやすいのでありがたい。

「リュシオン様、今日は共同研究のご挨拶に伺ったのですが」
「うん。君が来てくれるんじゃないかなって、ずっと思っていたんだ。ヴィクトリスとアベルは去年発表をしているし、ルルメイアは君に期待をしているからね」
「それは、光栄です」
「それを見越して、共同研究の話を持ち掛けたんだよ。君とは個人的に話をしたかったし」
「私と……?」
「そうそう。とりあえず、こちらに来て。二人きりで話がしたいな」

 ──こういう風に、思わせぶりな話し方をするのはもしかしたらこの方の癖なのかもしれない。
 体を離してラーチェルの手を引いてどこかに案内するリュシオンに連れられて歩きながら、ラーチェルはそう考えていた。

 手入れの行き届いている長く美しい金の髪、ざっくりと胸元が開いた珍しい異国風の服、細身だが鍛えられている体つきに、やや目尻のさがった美しい顔立ち。
 こういう方が、まるでこちらに気があるようなことを口にしたら、それは勘違いしてしまう女性も多いだろう。

 王国の教典には反しているが──結婚さえしなければ、男性の場合はある程度の火遊びは許される。
 だが、女性の場合は、男性に捨てられたり弄ばれたりした場合、恥となる。
 ラーチェルもそうだった。
 その上恥に恥を塗り重ねたような行動をした。あまりにも恥知らずな女を妻にしてくれるというのだから、オルフェレウスは優しいという一言では片付けられないぐらいに優しい。

「ここはね、俺の個人的な研究室。服飾府には俺を含めて五人働いているんだけど、人がいると集中できないらしくて、一人一部屋、個別に部屋が与えられてるんだよ。別に仲が悪いわけじゃないんだけどね」
「その気持ちは少し、分かる気がします」

 ラーチェルはルルメイアたちが好きだが、それはそれとして、皆が出かけている時に研究室に一人でいると、いつもよりも集中できるような気がしている。
 一人でいるのも、皆でいるのもラーチェルは好きだった。

「分かってくれる? 嬉しいな。俺たち、きっとよく似ているよ」
「そうでしょうか。私はリュシオン様のことをよく存じあげませんけれど……」

 服飾府のあるフロアには、いくつかの扉が並んでいる。
 その一室が、リュシオンに与えられた部屋だった。
 広い部屋の中央には大きなテーブルがあり、鮮やかな布が何枚も重ねられている。
 壁際に並ぶトルソーには、可愛らしいものから美しいものまで、目を奪われるようなデザインのドレスが着せられていた。

 机にはデザイン用の巻紙が広げられていて、絵具や筆、インク壺や羽ペンなどが所狭しと並んでいる。

 部屋の様子を見ただけだが、熱心な人なのだろうということが理解できた。
 口調は軽薄だが、仕事には情熱がある。

 ラーチェルはソファに案内された。
 部屋の端に置かれている湯沸かし用の魔鉱石で湯を沸かして、リュシオンは珈琲をいれてくれた。
 最近は、火を入れると安定して熱を帯び続ける魔鉱石が料理などにも使われているが、ラーチェルはアルコールランプの炎が好きだった。
 暖炉の炎も蝋燭の炎も好きだ。見ていると気分が落ち着く気がするからだ。

 植物から香りを抽出する時には、魔鉱石よりはアルコールランプを使用した方が抽出が安定するということも理由の一つである。
 それは魔鉱石の火力は安定しているが、炎の方がより高い火力が出るからだと、ルルメイアがいつか教えてくれた。

「ラーチェルは、珈琲は飲める?」
「はい、ありがとうございます。いただきます」
「砂糖は?」
「何もいれなくて大丈夫です」
「いいね、俺も同じ。甘ったるいのが苦手なんだ」

 リュシオンはラーチェルの前に珈琲が入ったカップを置くと、ソファの正面に座った。
 カップには、可愛いペンギンが描かれていた。
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