悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ

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 ラーチェル・クリスタニア、勢いで結婚宣言をする 2

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 ルイとナターシャが正式に結婚をする一年前。ラーチェルが十九の時まで、ラーチェルはずっとルイへの想いを引きずっていた。
 だから誰とも婚約もせず、かといって年頃になっても公爵家にずっといるわけにもいかずに、城に仕官をして働いていた。

 公爵家に呼び戻されたのが一年前で、事情を知っている母から「あなたの気持ちは分かるけれど、そろそろ結婚をしなさい」と言われて、ルドランとの婚約を勧められたのである。

 そして一年。準備を整えて、正式に結婚をする予定だった数週間前。
 ルドランの浮気が発覚したのだ。

 浮気相手はラーチェルよりも三歳も年下の、侯爵家に行儀見習いに来ていた子爵家の愛らしい女性だった。
 ラーチェルがルドランの家を訪れたとき、二人でベッドの中にいたのである。

 修羅場――には、ならなかった。
 ルドランには頭をさげられ「すまない、ラーチェル。俺は真実の愛をみつけたのだ」と、結婚を断られてしまった。

 全裸で頭をさげる男を前にして、ラーチェルは呆れるやら恥ずかしいやらで、何も言えなかった。
 子爵家の女もまるで己が被害者のように泣き始めてしまったので、なおさらである。

 「わかりました」と言うのが精一杯で、ルドランに詰め寄ったり、詰ることもなく、ラーチェルの結婚は破談となった。

 ラーチェルはルイが好きだった。けれど、ルドランのことも好きになれるかもしれないと思い始めた矢先のことだ。
 一呼吸置いて冷静になると、捨てられた事実が体に染み渡るように、目の前が真っ暗になり、何も考えることができなくなってしまった。

 公爵家の両親は、そんなラーチェルを哀れんだのか、もう結婚しろとは言わなくなった。
 けれどせめて、舞踏会や晩餐会には参加をするようにと言われた。
 それはクリスタニア公爵家にうまれたラーチェルの務めであり、そこで新たな出会いがあるかもしれないと、両親は期待をしているようだった。

 娘の幸せを願ってはいるが、婚約をさせたルドランとの関係がろくでもない終わり方をしてしまったために、もう結婚を強くすすめることはできないのだろう。

 そんな両親にもなんだか申し訳なくて、ラーチェルは素直にそれに従った。
 だから婚約が破談になったばかりだというのに、その破談になった相手が堂々と参加をしている舞踏会の会場の片隅で、いたたまれない気持ちで時間が流れるのを待っているというわけである。

「でも、ラーチェル様。ラーチェル様はもう二十歳でしょう? はやく相手をみつけないと、誰とも結婚できなくなってしまいます。私、ラーチェル様にも幸せになって欲しいのです」

 ナターシャの心づかいが、今は嫌味に聞こえた。
 ナターシャはラーチェルの気持ちを知っていた。ルイが好きだと気づいた時、ラーチェルは真っ先にナターシャに相談したのだ。
 ナターシャは親身になって相談に乗ってくれて、「応援しています。ルイ様とラーチェル様はお似合いですから」とまで言ってくれた。

 蓋をあけてみたら――これである。
 あれはいったいどういうつもりだったのかと、ナターシャには聞くことができていない。
 
 友人だけれど、だからラーチェルはナターシャのことが少し苦手だ。

「大丈夫だよ、ラーチェルは美しいから。きっと素敵な相手がみつかるよ」
「そうですよ、ラーチェル様。このままではいきおくれてしまいますもの。私も、よい相手を探しますね、ラーチェル様を幸せにしてくれそうな……落ち着きのある、浮気をしない年上の男性がいいかと思います」

 ナターシャは軽く手を胸の前で合わせる。

「そうだわ! ヴィンス伯爵が、奥様をなくされて後妻を探しているのだとか」

 これは――嫌味だ。
 本人は親切だと思って言っているのかもしれないが、ラーチェルにとっては寒気のするような嫌味だった。
 ヴィンス伯爵は、年上もいいところである。もう、ご老体だ。
 それは確かに浮気はしないだろう。浮気をできるような体力がない。

「ラーチェル様が独身だなんて、私、なんだか申し訳なくて。ですから私も、ラーチェル様の相手探しに協力したいのです」
「そうだね。僕も同じ気持ちだ。僕たちは長馴染みだからね」
「ええ、ルイ様。そうですね」
「僕とナターシャと、君。関係は変わってしまったけれど、ずっと友人だ」

 ――あぁ、もう!

(放っておいてほしい。私に構わないで欲しい。私を哀れまないで欲しい)

 ただでさえ、傷ついているのに。
 傷ついた心に無遠慮に踏み込むことが、友人といえるのだろうか。

 ラーチェルは、何かよけいなことを言わないように我慢をした。
 我慢をしていたがとうとう耐えられなくなり、給仕から葡萄酒のたっぷりはいったグラスを受け取って、勢いよく飲み干した。

 酒に、弱い。
 それは十分わかっているが、飲まずにはいられなかったのだ。
 ぐいっと飲み干して、グラスを給仕にかえす。
 空っぽの胃の中に度数の強い酒が落ちて、かっと、燃えるように体が火照った。

 ふらりと体が傾いて、誰かに、とん、と、ぶつかった。
 ラーチェルはそのぶつかった男性の腕にしがみつく。

 誰だろう。逞しい腕の持ち主だ。いい匂いがする。好きな匂いだ。

「私のことは心配しないで。私、この方と結婚しますから!」

「……えっ」
「えぇっ」

 その場にいた者達の瞳が驚きに見開かれて、どういうわけか、熱を帯びた空気が一気に凍り付いた。
 ラーチェルはぼんやりと、しがみついた相手の顔を見上げる。

 ラーチェルよりもずいぶん高い位置にある。
 光を帯びた月のような金の髪に、涼しげな青い瞳の――とても怖そうな男だった。

「構いませんが」

 ラーチェルに突如結婚を申し込まれた悪魔の騎士団長と呼ばれている強面の男、オルフェレウスは、少しの沈黙のあとに、あっさり頷いたのだった。

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