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番外編
お兄様、拗ねる 3
しおりを挟む私はアルケイド様に、シフォンの名前と私の侍女だったことを小さな声で教えた。
アルケイド様は相変わらず眉間に皺を寄せながら何度か頷いていた。
「ティア、ティアには大切な家族が増えたんだね。……良いことだ」
若干悲しそうな表情でお兄様が言う。
私はお兄様とジークハルト様の顔を交互に見上げて、ジークハルト様から離れるとお兄様の両手を握りしめた。
「お兄様、……お兄様も私の大切な家族です。いつまでもずっと、大好きです」
「ティア……!」
感極まったように瞳を潤ませて、お兄様が私をぎゅうぎゅう抱きしめた。
元々私には優しいお兄様だったのだけれど、これほど激しく愛情表現をしてくださるのは、あまり会うことができなくなってしまったからかもしれない。
以前はお兄様に求愛をしては怒られていたことが懐かしい。
「カルナ様、皇帝陛下に対抗心を燃やすのはおやめください。ティア様が可愛いという気持ち、よくわかります。私も帝国の侍女の方に嫉妬心をメラメラと燃やしそうになりますし。ですが、私たちが優先すべきはティア様の幸せなのですよ」
「分かっているよ、シフォン」
「ティア様が実家に帰ってこないと分かった今、カルナ様も身を固めなさいませ」
シフォンがにこやかに微笑みながら、お兄様を注意した。
私はお兄様の腕の中で、胸板に顔を押し付けられるようにされて、ちょっと苦しさを感じながら身を捩ってお兄様を見上げる。
「お兄様、お手紙にも書いてありましたわ。ご結婚なさいますの?」
「リュシーヌも、暗い話題が多かっただろう。カルナの婚儀は、王国民の励ましになる。……帝国も、ようやく落ち着いてきた。先程話した通り、リュシーヌとの関係を正しい形に戻し、大々的にティアとの婚礼の儀式を行うつもりだ」
落ち着いた声音でジークハルト様が言った。
「カルナ様の婚礼の予定がおありなら、それに合わせて返還を行えば良いのでは?」
アルケイド様が続ける。
お兄様は「そうだね」と同意したあと、僅かに言い淀んだ。
「……ティア、実はね、お兄様は結婚しようかと思っていて」
「まぁ、素晴らしいことですわ! 相手はどなたですの? ご挨拶をしたいです」
「焼きもちなどを、焼いてくれないのかな、ティア……」
「やきもち。お兄様が幸せになるのに、どうして嫉妬をする必要がありますの?」
「そうだよね、ティアは優しい子だ。それは、そうだよね……」
何故かお兄様は残念そうだった。
「結婚を考えている相手は、シュテルハイド辺境伯家の長女、ユノ・シュテルハイドだよ。革命戦争では、革命軍に加わっていたけれど、その後私に恭順の意を示してくれている。シュテルハイド家から妻を娶ることで、辺境伯家との繋がりを強くする……つまりは、政略結婚だね」
「ユノ様は、良い方ですの?」
「数度、会ったけれど、優しそうな人だったね」
「私、会えるのを楽しみにしておりますわ」
「ティアの幸せそうな顔を見て、安心した。私のことはティアが落ち着いてからと思っていたんだ。だから」
「私は、お兄様にも幸せになって欲しいです。私のことよりも、お兄様のほうが大切です。でも、ありがとうございます」
「……私は、ティアを守ることができなかった。ティアを救い、守ったのは、ジークハルトだ。だから、せめて……、ティアの幸せを見届けてから、と思ってしまってね。けれど、ティアにはジークハルトがいる。もう、大丈夫なんだね」
「お兄様……、私、お兄様が私を大切にしてくれていたこと、知っています。お兄様が下さったオルゴールは、私の宝物です。お兄様に、私はずっと守られていましたわ」
私はお兄様の背中に手を回した。
幼い私を撫でてくれた手のあたたかさを、覚えている。
お母様に罵倒される私を守るために、お母様をなだめて、どこかに連れていってくれたこと。
お母様やお父様が私に近こうとすると、必ず呼び止めて気を引いてくれたこと。
お兄様の瞳はいつも私に、逃げなさい、と言っていた。
「私、ジークハルト様のお側にいることができて、幸せです。だから、お兄様も……」
「ありがとう、ティア」
お兄様は私からそっと体を離すと、一度頭を撫でてくれた。
それから、ジークハルト様の元へ行くようにと、手を引いて促してくれる。
ジークハルト様は私の手をとり、ごく自然な仕草で腰を抱いた。
「カルナ、あなたには感謝している。帝国はリュシーヌを、リュシーヌの方々に返すが、私たちの繋がりが途絶える訳ではない。あなたが呼べば、いつでも力を貸そう」
「ジークハルト、私も君がいてくれて良かったと思っている。リュシーヌも、同様に。私は、ジークハルトやティアの家族でありたい」
お兄様とジークハルト様が、握手を交わした。
お兄様の後ろではシフォンが瞳を潤ませている。
アルケイド様が、シフォンにハンカチを差し出した。
私は心の中でアルケイド様に声援を送った。
それにしても、ジークハルト様やお兄様の話し合いが、リュシーヌの返還ーー
つまり、そうなればリュシーヌの民は帝国の民と対等になることができる。
私も、胸を張ってジークハルト様の正妃として、御子を産むことができる、かもしれない。
ーー嬉しい。
私は、ジークハルト様の腕に抱きついた。
なんとなくだけれど、そう意識した途端に体がジークハルト様をよりいっそう、求めはじめているような気がした。
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