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番外編

リュシーヌへの里帰り 3

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 城の奥の自室から滅多に外に出ることのなかった私。

 けれど、もう隠れる必要はないらしく、侍女たちによって私が通されたのは城の上階にある貴賓室だった。

 私の部屋――というものは、もう嫁いでしまったのでないのかもしれない。
 というより、私はジークハルト様と共に滞在するので、貴賓室の方が適しているのだろう。

「ルル、こちらが私の側付き侍女だった、シフォンよ。シフォン、帝国で私のお世話をしてくれている、ルルよ、仲良くしてね」

 しばらく数名の侍女たちによってもみくちゃにされていた私は、シフォンを残して皆がお茶とお菓子の準備をすると言って下がっていったので、ようやくお話をすることができた。

 シフォンはルルと同じ年で二十歳だったように思う。

 私よりも少しだけお姉さんだけれど、落ち着いた雰囲気があるので随分と年上に見える。

 リュシーヌの民なので、白い肌に銀の髪、青空のような青い瞳をしている。銀の髪を頭の上でまとめていて、黒い侍女服に身を包んでいる。

「はじめまして、ルル・オリーブと申します」

「はじめまして、シフォン・プシュケです。ティア様に良くして頂いて、ありがとうございます」

「いえ、ティア様の侍女になれたこと、光栄に思っています。ティア様は遠慮深い方なので、何か不足がないかといつも心配で……、リュシーヌの流儀を学ばせて頂きたく思い、今回同行させて頂きました」

「流儀、ですか」

 シフォンは、はて、というような顔をした。
 それから私たちを手招きすると、リビングルームの奥にある寝室へと連れて行った。

 寝室には天蓋付きのダブルベッドがある。

 ベッドの横には香炉と、太い蜜蝋のランプ。
 それから、綺麗な瓶には透明な液体。紐状のもの。馬用の鞭のようなもの。布のようなもの。

「……このように、ティア様のご趣味にあわせて、そして皇帝陛下が楽しんで頂けるように、準備を万端に整えておきました」

「こ、これは……!」

 ルルが目の前の光景を見て、目を見開いた。

 気持ちは分かる。
 私も自分の顔がみるみるうちに赤くなるのを感じた。

「ルル様、ティア様は男性に女性が縛られたりいじめられたりするような話が書かれた本がたいそうお好きでして」

 シフォンがにこやかに言う。

 私の趣味に合わせた本を率先して買ってきてくれて、そしてお兄様に率先して怒られてくれるのはいつもシフォンだった。
 懐かしいわね。

「そういえば、私に艶本を持ってきてくれたのは、シフォンが最初でしたわね」

「はい、ティア様。王子様が出てくる話が読みたいというので、王国中の童話を最初は買ってきたのですが、そういうのではなくて、王子様とはもっと乱暴で、強くて、怖そうな感じなのだとティア様が言うので。断腸の思いで艶本をティア様に差し上げましたね」

「元凶だわ……!」

 ルルが私をシフォンから庇うようにして、シフォンに文句を言った。

「愛らしく素直で純粋なティア様になんてことを……!」

「それは人聞きの悪い。私はティア様を喜ばせたかっただけです。ずっと不自由な思いをなさっていたティア様に喜んで欲しい。そういった切実な思いが、私に艶本を買いに走らせたのです。それからは、あれよあれよという間に、侍女たちの間で誰が一番ティア様の趣味にぴったりした艶本を買ってこれるかを、競い合うようになりましたね……」

「シフォンさん、まるで美談のように語らないでくださいよ」

「帝国の侍女の皆様は、ティア様のご趣味にぴったりした艶本購入大会はしていないのですか?」

「してたまるものですか……! それにティア様には今や皇帝陛下がいらっしゃるので、艶本を読む必要はないと言えばないのですよ……!」

「文章よりも現実の男性の方が素敵ということですね。それも一理あります」

 シフォンはにこにこと微笑みながら何度も頷いた。
 シフォンはお兄様に叱られているときも大抵ふわふわ笑っているので、心が強いのだろう。

「ルル、私はシフォンや侍女の皆に感謝しておりますわ。おかげさまで、褥の教育はばっちり終わりました。ジーク様にもきっと喜んで頂けております。シフォン、ルルは私のために怒ってくれているのですが、ルルも時々私のために艶本を買ってきてくれるのですよ」

 喧嘩は良くないので、私は間に入ることにした。
 ルルは「ティア様のためでしたら……!」と顔を赤くして言った。
 シフォンは両手を胸の前で合わせて感動したようにきらきらしたまなざしをルルに向ける。

「素晴らしいことです……! 流石は帝国の侍女の方……! ところでルル様はどういった艶本が好みなのですか? 私は最近、皇帝陛下に姫君が虐められる本を読んで、ティア様がいない寂しさを紛らわせていましたが……」

「私ですか? 私は、ティア様からお借りした伯爵とメイドの話が……」

 そこまで言って、ルルははっとしたように口をつぐんだ。
 そういえばルルにそのような本を貸した気がする。

 ルルはジェイクさんが好きだというので、それならと思い貸したことを思い出す。
 喜んでくれていたのね。嬉しい。

 私はルルの手を取って、ぶんぶんと大きく振った。

「ルル、嬉しいです。伯爵とメイドの話、もっとありますか、シフォン? もしあれば、ルルに差し上げたいのですけれど」

「ティア様! このシフォンの艶本コレクションを甘く見て貰っては困りますよ……! ほかの侍女たちと集めに集めた艶本が、城の書架にあふれんばかりに詰め込まれています。伯爵とメイドの話なら、ざっと見積もって二十冊はありますね」

「そ、そんなに……!」

 ルルが若干色めき立った。
 やっぱりルルはジェイクさんが好きなのだわ。
 今回一緒に来ることができなかったけれど、少し残念。

「ティア様も新しい本は必要ですか? 寝室の準備はばっちり整えました。あとはゆるりと、お茶を飲みながら、本でも読んで過ごして頂ければと思います。カルナ様と皇帝陛下と宰相閣下のお話は、長くかかりそうですから。ルル様もこちらではお客様ですので、どうぞ気を楽にお過ごしください」

「そういうわけにはいきません。私は働きにきたのです。どうか、私も侍女として数日働かせてください。シフォンさん、艶本選びはまだまだですが、ティア様の愛らしさを引き立たせるための、セクシーランジェリーにはちょっとしたこだわりがあります……!」

「ルル様、なんて素晴らしい……!」

 先ほどまで喧嘩をしそうな雰囲気だったのだけれど、すっかり仲良くなったようだ。
 ルルとシフォンが仲良くしてくれると、私は嬉しい。

 長旅の疲れを癒やしましょうと言って、私はシフォンによって浴室へと連れて行かれた。

 そこで待っていた侍女たちにあれよあれよという間に脱がされ体を洗われながら、これが里帰りで実家に帰ってきた感じなのねと、感慨深く思っていた。
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