63 / 86
番外編
お役に立ちたい! 3
しおりを挟むサンドイッチとは、パンに具材を挟んだもの。
調理場の前に私は立って、材料をじっと眺めた。
柔らかい白パンや、水分量の少ない硬いパン、長いものや丸いものまで、様々なパンが並んでいる。
どこにどう挟むのかしらと悩んでいると、オズさんが切ったパンを大きめなお皿に入れて、私の前に置いてくれた。
「ティア様に怪我をさせたらいけないから、刃物は持たないでね。パンに切れ込みを入れたから、ここに好きなものを挟むと良いよ」
「ありがとうございます」
オズさんは、私のお兄様のように優しい。
お兄様、元気にしているかしら。
先日手紙を出して、お返事が来たけれどーーお兄様らしい簡潔な文章で『ティアが元気そうでよかった。ジークハルトと上手くやっているようで安心した。ティアが嫁いでしまって寂しいよ。私も、そろそろ身を固めるべきかな』と書かれていた。
お兄様に、奥様ができるかもしれない。
どんな方なのかはわからないけれど、お兄様が幸せになってくださるのは嬉しい。
「……何を挟もうかしら」
ジークハルト様は、いったい何が好きなのかしら。
このところ目まぐるしい日々が続いていてーーあんまり、ゆっくりお話しすることができていない。
私は悩んだ末に、チーズとハムと、ブラックオリーブの輪切りを挟むことにした。
これはーー昔、私を不憫に思った王国の城にいた料理人の方が、私にこっそり作ってくれたものと、同じ。
懐かしさと共に、かすかな胸の痛みを感じる。
お腹を空かせていた私は、薄暗い城の隅っこにある薄暗い自室でそれを食べた。
あまりにも美味しかったから、よく覚えている。
慎重に具材を挟み、思ったよりも綺麗にサンドイッチが出来上がった。
切れ込みの入った硬めのパンに、具材が挟んであるだけのシンプルなものだけれど、初めて作ったにしては上出来だと思う。
早く、ジークハルト様に召し上がって頂きたい。
ーー褒めて、くれるかしら。
「できたわ!」
「できました」
私が出来上がったのと同時に、ルルと、ミーニャが言った。
いつの間にか料理人の方々が、私たちの周りに集まっている。
完成の声に、方々で拍手が上がった。
「うん。俺もできたよ。ティア様、凄いね。凄く、上手だね。シンプルで、美味しそう。無闇矢鱈になんでも挟めば良いと言うわけじゃないからね、サンドイッチは」
鼻歌まじりに料理をしていたオズさんが言う。
オズさんの目の前にあるお皿には、それはもう完璧なサンドイッチが出来上がっていた。
白いパンは綺麗な三角形に切られていて、新鮮な野菜やハムやチーズがバランス良く挟まっている。
きらきら光り輝くようなサンドイッチを、私は感心しながらまじまじと見つめた。
「褒めてくださって、ありがとうございます。オズさんは、お料理が上手ですのね。騎士の方は、皆料理ができますの?」
「俺の場合は、好きな人に食べて欲しくて覚えたんだよ。好きな人っていうのは、ルルの姉のことだね。振り向いて貰うために、胃袋を掴んだんだよ」
「お姉様は、オズの料理に絆されたのですよ」
ため息まじりに言うルルのお皿の上には、パンの上にやたらと赤いものが積み上がった何かが置かれていた。
「ルル……、あの、何を挟んだのです?」
「ロブスターですね」
「ロブスター……、あの、エビの」
「はい。ハサミが尖っているのが、こう、二つある姿が格好良いので、ロブスターにしてみました。それから、できる限り高級な物をと思い、魚卵と、赤い色は闘争心が湧いて元気が出るので、唐辛子を乗せました」
「まぁ……! それは凄い。きっとジェイクさんも、午後からやる気を漲らせてくださいますわ。仕事が捗るでしょうね」
とうがらしとは、何かしら。
上の方に重なっている赤いものだと思う。野菜のような形をしているので、きっと野菜なのだろう。
魚卵というものも、赤い。お魚の卵と、海老。両方とも海のものだと思うので、きっと合うわよね。
「そうだねぇ」
オズさんもにこやかに同意してくれた。
「別にジェイクさんに持っていくというわけでは……」
「いや、ルル。是非持っていって。持っていくべきだよ。俺も一緒に行くから」
「なんでそんなに熱心なのよ」
オズさんはルルの恋を応援したいのだろう。
私も応援しているので、一緒だ。
「私もできました。私はテオドール様を意識してみました」
ミーニャのサンドイッチには、黒っぽい麺のようなものが載っていた。
パンに麺を乗せるというのは、あまりみた事がない。画期的だと思う。
「どの辺が、テオドールなの、ミーニャ」
「確か、こんな髪型をしていたと思って。この挟んであるものは、イカ墨のパスタです。私たちはテオドール様を歓迎しているという気持ちを込めてみました」
ミーニャが生真面目に答えた。
確かにテオドール様の髪は黒く、癖のある髪質をしている。言われてみれば、そう見えないことはない。
とうとう、オズさんが堪え切れなくなったように吹き出して、肩を震わせて笑い出した。
料理人の皆様も笑っているので、これはーー笑って良いところなのかもしれない。
私も口元を押さえて少し笑った。テオドール様に申し訳ないと思いながら。
0
お気に入りに追加
956
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

元婚約者が愛おしい
碧桜 汐香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。
留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。
フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。
リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。
フラン王子目線の物語です。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる