属国の姫は嫁いだ先の帝国で、若き皇帝に虐められたい ~皇子様の献身と孤独な姫君~

束原ミヤコ

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番外編

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 サンドイッチとは、パンに具材を挟んだもの。
 調理場の前に私は立って、材料をじっと眺めた。
 柔らかい白パンや、水分量の少ない硬いパン、長いものや丸いものまで、様々なパンが並んでいる。
 どこにどう挟むのかしらと悩んでいると、オズさんが切ったパンを大きめなお皿に入れて、私の前に置いてくれた。

「ティア様に怪我をさせたらいけないから、刃物は持たないでね。パンに切れ込みを入れたから、ここに好きなものを挟むと良いよ」

「ありがとうございます」

 オズさんは、私のお兄様のように優しい。
 お兄様、元気にしているかしら。
 先日手紙を出して、お返事が来たけれどーーお兄様らしい簡潔な文章で『ティアが元気そうでよかった。ジークハルトと上手くやっているようで安心した。ティアが嫁いでしまって寂しいよ。私も、そろそろ身を固めるべきかな』と書かれていた。
 お兄様に、奥様ができるかもしれない。
 どんな方なのかはわからないけれど、お兄様が幸せになってくださるのは嬉しい。

「……何を挟もうかしら」

 ジークハルト様は、いったい何が好きなのかしら。
 このところ目まぐるしい日々が続いていてーーあんまり、ゆっくりお話しすることができていない。
 私は悩んだ末に、チーズとハムと、ブラックオリーブの輪切りを挟むことにした。 
 これはーー昔、私を不憫に思った王国の城にいた料理人の方が、私にこっそり作ってくれたものと、同じ。
 懐かしさと共に、かすかな胸の痛みを感じる。
 お腹を空かせていた私は、薄暗い城の隅っこにある薄暗い自室でそれを食べた。
 あまりにも美味しかったから、よく覚えている。
 慎重に具材を挟み、思ったよりも綺麗にサンドイッチが出来上がった。
 切れ込みの入った硬めのパンに、具材が挟んであるだけのシンプルなものだけれど、初めて作ったにしては上出来だと思う。
 早く、ジークハルト様に召し上がって頂きたい。
 ーー褒めて、くれるかしら。

「できたわ!」

「できました」

 私が出来上がったのと同時に、ルルと、ミーニャが言った。
 いつの間にか料理人の方々が、私たちの周りに集まっている。
 完成の声に、方々で拍手が上がった。

「うん。俺もできたよ。ティア様、凄いね。凄く、上手だね。シンプルで、美味しそう。無闇矢鱈になんでも挟めば良いと言うわけじゃないからね、サンドイッチは」

 鼻歌まじりに料理をしていたオズさんが言う。
 オズさんの目の前にあるお皿には、それはもう完璧なサンドイッチが出来上がっていた。
 白いパンは綺麗な三角形に切られていて、新鮮な野菜やハムやチーズがバランス良く挟まっている。
 きらきら光り輝くようなサンドイッチを、私は感心しながらまじまじと見つめた。

「褒めてくださって、ありがとうございます。オズさんは、お料理が上手ですのね。騎士の方は、皆料理ができますの?」

「俺の場合は、好きな人に食べて欲しくて覚えたんだよ。好きな人っていうのは、ルルの姉のことだね。振り向いて貰うために、胃袋を掴んだんだよ」

「お姉様は、オズの料理に絆されたのですよ」

 ため息まじりに言うルルのお皿の上には、パンの上にやたらと赤いものが積み上がった何かが置かれていた。

「ルル……、あの、何を挟んだのです?」

「ロブスターですね」

「ロブスター……、あの、エビの」

「はい。ハサミが尖っているのが、こう、二つある姿が格好良いので、ロブスターにしてみました。それから、できる限り高級な物をと思い、魚卵と、赤い色は闘争心が湧いて元気が出るので、唐辛子を乗せました」

「まぁ……! それは凄い。きっとジェイクさんも、午後からやる気を漲らせてくださいますわ。仕事が捗るでしょうね」

 とうがらしとは、何かしら。
 上の方に重なっている赤いものだと思う。野菜のような形をしているので、きっと野菜なのだろう。
 魚卵というものも、赤い。お魚の卵と、海老。両方とも海のものだと思うので、きっと合うわよね。

「そうだねぇ」

 オズさんもにこやかに同意してくれた。

「別にジェイクさんに持っていくというわけでは……」

「いや、ルル。是非持っていって。持っていくべきだよ。俺も一緒に行くから」

「なんでそんなに熱心なのよ」

 オズさんはルルの恋を応援したいのだろう。
 私も応援しているので、一緒だ。

「私もできました。私はテオドール様を意識してみました」

 ミーニャのサンドイッチには、黒っぽい麺のようなものが載っていた。
 パンに麺を乗せるというのは、あまりみた事がない。画期的だと思う。

「どの辺が、テオドールなの、ミーニャ」

「確か、こんな髪型をしていたと思って。この挟んであるものは、イカ墨のパスタです。私たちはテオドール様を歓迎しているという気持ちを込めてみました」

 ミーニャが生真面目に答えた。
 確かにテオドール様の髪は黒く、癖のある髪質をしている。言われてみれば、そう見えないことはない。
 とうとう、オズさんが堪え切れなくなったように吹き出して、肩を震わせて笑い出した。
 料理人の皆様も笑っているので、これはーー笑って良いところなのかもしれない。
 私も口元を押さえて少し笑った。テオドール様に申し訳ないと思いながら。


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