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属国の姫は皇帝に虐められたい
血の教団 1
しおりを挟む魔法の力とは――圧倒的だ。
個人差はあるが、魔力量の多い魔術師となれば一人で数百の兵にも匹敵する力を有している。
ひとがひとであることを、それが命だということを忘れそうになる力だと、ジークハルトは思っている。
有事の際には有用な力だ。
戦争に置いて数多の人を殺め戦果を挙げることは名誉である。
けれど――平時においてそれは、ただの暴力でしかない。
無論、圧倒的な力は他者に対する抑止力にはなるだろう。だが、ジークハルトは力による抑圧を求めてはいなかった。圧倒的な力を誇示すれば、再び人々は委縮し恐怖してしまう。
ジークハルトがつくりたい国とは、ティアがいつでも笑顔でいられる国である。
それは誰にも自由を侵されない国だ。自由とは自分自身の自由であり、他者の自由でもある。
だからこそ、魔力を使うことを普段は戒めていた。
帝国の城を制圧する時に使用し、それが最後だと思っていた。
魔力を抑えつけるための制御装置である両耳の耳飾りがなければ、暴走してしまう可能性があるほどの圧倒的な魔力は、生まれながらに持ち得てはいない。
紛い物だからこそ、戒めを強く持たなければ、その力に頼りたくなってしまう。
力とは毒。
律していなければ、楽を求めてしまうだろう。
――だが、今回ばかりは、別だ。
「私はティアを探す。血の教団と関わりがあるのなら、魔術師が控えている可能性が高い。まともに相手をするのは危険だ。私が先に行く」
転移魔法により、兵士たちと軍馬をクレストの館の正面玄関前の広場へと転移させたあと、ジークハルトは言った。
「テオドールの予想が当たっていれば、魔術師やクレストを殺さず捕縛し、話を聞く必要がある。いつでも出立できるよう、準備をしておいてくれ」
庭に突然馬と兵が現れたのだから、騒ぎになるのが普通だろう。
しかし、クレストが蟄居を命じられてから住んでいる広い屋敷は、まるで寝静まっているかのように静かだった。
「……陛下が魔術師だということは理解できました。ですが、お一人で行かせることはできません」
眉間に皺を寄せて、テオドールが言う。
テオドールの横で転移魔法の後遺症である魔力酔いのため口元を抑えていたジェイクが、テオドールの腕を引っ張った。
「僕たちが共に行けば、ジークハルト様の邪魔になってしまいますよ。ジークハルト様が館に入った後、数分待ってから後を追います。テオドール様、それで構いませんか?」
「あぁ……、新参者が口を出すのはあまり良くないのだろうな。ジェイク殿、私はどうすれば良いのか、指示を頼む」
「それでしたら、僕と共に行動しましょう。陛下の歩かれた後を追うのは、案外大変なんですよ。それに――クレストの館には、無実の使用人や、……保護しなければいけない方も、いるでしょうから」
「了解した。……陛下、どうかお気をつけて。陛下の姫君がご無事であることを、願います」
ジェイクとテオドールが、兵士たちに指示を出して出立のための軍馬の準備をし始める。
ジークハルトはクレストの屋敷へと足を踏み入れた。
正面入り口の鍵は締まっていたので、ドアノブに手を触れさせて魔力を使い鍵を壊した。
開かれた扉の中に入る。
広いエントランスホールにはやはり、誰の姿もない。クレストの趣味なのだろう、美しい調度品や花が飾られているエントランスを抜けて上階に続く階段を上がろうとすると、いつの間にか階段の上に黒いローブを身に纏った男が立っていた。
まるで、影がそのまま形を成しているような姿だ。
目深に被ったローブからは、口元しか見えない。
「噂には聞いていましたが、皇帝陛下が紛い物の魔力を持っているというのは、本当だったのですね」
男が低くやや掠れた声で言う。
「紛い物の血筋だろうと、魔力だろうと――心ひとつで、それは真実になる。血の教団がどのような思想を掲げようがそれは自由だが、お前たちの自由が他者を認めないというのなら、それはただの、濁り凝り固まった、狭量な傲慢さにしかすぎない」
「何よりも――我らは紛い物を嫌う。他民族とは、帝国の奴隷。そのような血が交わり産まれた王を、我らが帝国の皇帝だとは、認めることはできない。クレスト様こそ――我らの残された希望。少数派故に弾圧されてきた我ら、魔術師の」
言葉と共に男の周囲に闇を球体にしたようなものがいくつもふわりと浮かんだ。
それはまるで鬼火のように、黒い炎の残滓を纏わりつかせている。
「ティアはどこだ」
ジークハルトは場に満ちる魔力の気配に構わずに、階段を上がる。
男の口元が皮肉気に歪んだ。
「さて。今頃は――クレスト様の玩具に成り果てているでしょうな。奴隷の国の姫君には、相応しい末路だ」
「……やはり、か」
動揺はしなかった。
テオドールと話をしてから、曖昧模糊とした不安は鮮明な確信へと変わりつつあったからだ。
男が作り出した闇色の火球が、一斉にジークハルトに襲い掛かる。
しかしそれはジークハルトに触れた瞬間に全て搔き消え、ジークハルトの肌に傷ひとつ負わせることはなかった。
「純血を掲げ、血を繋いできた魔術師とは、紛い物の魔力を持つ私よりも――脆弱なのだな」
「黙れ――」
「私は、急いでいる。邪魔だ、退け」
ジークハルトの足元から魔力を帯びた風が巻き起こる。
形の無い風の塊は、ジークハルトの体から生える羽に似た、大きな手のひらとなる。
透き通っていて見えないが、魔力の揺らめきが風景を揺らしている。そこには圧倒的な力でつくられた何かがあるのだと、理解することができる。
その羽は、無造作に魔術師の男を掴みあげて、その体を宙に吊るした。
ぎちぎちと魔力の塊によって締め付けられて呼吸ができなくなったのだろう。
しばらく呻いていたが、男の頭ががくりと垂れ下がる。
ジークハルトは魔法を解いた。宙吊りになっていた男が支えを失い、階段の踊り場の床へと落下し叩きつけられる。
ジークハルトは男のローブのフードを掴み、男を引きずりながら階上にあがった。
気絶したふりをしていたとして、魔法によって背後から襲われたら厄介だったからだ。
二階には、部屋の扉がずらりと並んでいた。
ジークハルトは立ち止まり、二階の部屋中に己の魔力を線を繋ぐようにして張り巡らせる。
張り巡らせた魔力と感覚を繋ぎ合わせる。耳を澄ませるようにすると、クレストとティアの声が聞こえた。
ティアの苦し気な声に、クレストの嘲るような言葉に、全身の血が沸騰するような感覚に襲われる。
怒りを抑えなければ、館を破壊してしまいそうだ。ぴしり、と再び耳飾りに罅が入る音がした。
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