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属国の姫は皇帝に虐められたい
クレスト・ブラッドレイ ※無理矢理表現があります
しおりを挟む魔方陣の光が消えて、浮遊感と眩暈にふらつく体をクレストと呼ばれていた男に抱えられた。
次第に鮮明になる視界に、見知らぬ部屋の景色がうつる。
豪奢な部屋だ。広く質の良い調度品が並んでいるけれど、やや華美な印象を受ける。
金色や赤色が多いからだろう。
テーブルの脚や、花瓶や絵画の額縁には金が使われている。黒く塗られた木枠のベッドのシーツは毒々しい赤色で、天蓋にはられた布地も赤色をしていて、縁取りに金糸が使われている。
窓の外には林が見える。
帝都は晴れていたのに、空はどんよりと薄暗く、小雨が降っているように見えた。
天気が変わってしまったというよりも、天気が変わるぐらいに帝都とは離れている場所に連れてこられたと考えるべきなのだろう。
「……シュダ、ご苦労だったね。下がって良いよ」
「クレスト様。その女はどうされるのです?」
シュダと言うフードを被った男は、低く陰鬱な声で言った。
顔は分からないけれど、その声音から年嵩であることがうかがえる。
「しばらくは遊ばせてもらおうかな。何せ、裏切り者のジークハルトの大切な女だからね」
「身籠っているかもしれません。殺すべきかと」
「ジークハルトは、長らく避妊薬を飲み続けていたからね。子種が死んでいるのではないかな。僕と同じで」
私は目を見開く。
クレストの言い放った言葉は、少なからず私を驚かせるものだった。
――けれど、だから何だと言うの。
ジークハルト様の出自を考えれば、――過去、お辛いことがあったことぐらいは考えられる。
それはきっとジークハルト様にとって必要な事だったのだ。
子供ができないからと言って、ジークハルト様の価値が変わると言うわけではないし、私の愛情が揺らぐことはない。
「あなたは……、誰なのです……?」
男に背後から抱きしめられるようにして拘束されたままの私は、口を開いた。
大丈夫、怖くない。
私は今頭の中で幾度も想像したような、酷い目にあっていて――興奮はしないけれど、恐怖は感じない。
むしろ、安堵していた。
私がここにいる限り、ルルも、城の方々も、傷つけられたりはしない。
今は、ジークハルト様のことが気がかりだ。
反乱と、この状況。関連があると考えるべきなのだろう。でも、良く分からない。
――もっと私が、賢かったら。
何か、できることがあれば。
いつだって私は無力だ。ただ、待っていることしかできない。
「僕は、クレスト。クレスト・ブラッドレイ。ジークハルトの兄だよ。少し話をしようか、姫君。裏切り者のジークハルトが僕たちに何をしたのか、教えてあげるよ」
「クレスト様、お戯れはほどほどに」
シュダと言う男の足元に再び魔方陣が浮かび上がる。
魔方陣の輝きと共にシュダは一瞬でその場からかき消えた。
魔術師という不思議な力を持った方なのだろう。実際目にしたのははじめてだけれど、同じ人間とは思えないぐらいに禍々しい力だ。
騎士団が束になっても、魔術師には勝てないのではないかと思えてしまう。
「おいで、姫君。……ティア、だね。乱暴をしたいわけではないんだ」
シュダが居なくなり二人きりになった部屋で、私は強い力で腕を引かれて、ベッドへと強引に座らされた。
言葉とは裏腹の乱暴さだった。
私の隣に、クレストも座る。逃げられるだろうか。
逃げたところで――ここが、どこなのかも分からない。
クレストは細身の体に美しい顔をした、どちらかと言えば中性的な容姿の男性だ。
あまり力が強そうには見えないのだけれど、それでも男なのだろう。私の腕を掴む手の力は強い。指が腕へと食い込んでいる。やや尖った爪が当たって、鈍い痛みを感じた。
「どうして、このようなことをなさるのです? 私は属国であるリュシーヌの女です、帝国にとっては価値のない存在ですわ」
「自分のことが良く分かっていて偉いね。そうだよ。リュシーヌの民など、僕たちの奴隷と同じ。君も、美しいというだけの、ただの女だ。女と言う性別をもった、家畜のようなものだね」
「でしたら、……私を連れ去る必要など、無いのではありませんか」
「僕を怖がって泣き出さないのだね、ティア。良い子だ。そうだね、どこから話そうか。時間は沢山ある。君で遊ぶ前に、ね」
「……これは、ジークハルト様への復讐なのですか?」
「ふ……、あはは、……っ……違うよ。復讐なんて、馬鹿げている。僕はね、ティア。どうでも良いんだよ、別に。帝国のことも、家族のこともどうでも良い。ただ、シュダがね。皇家に、君のような家畜の血が混じるのが許せないんだって。愉快だから、協力しただけだよ。君で遊びたかったということもあるしね。だって元々君は、僕たちの玩具になるはずの女だったのだから」
「それは、どういう……」
「三年前、リュシーヌで革命戦争が起こっただろう? 帝国は、戦争の平定に協力した礼として、姫君を――ティアを、要求する筈だった。死んだ弟のヴェインと一緒に、可愛がってあげようと思っていたのに」
「死んだ弟……」
「そう。ジークハルトに殺された。あれは、ひとでなしだよ。血を分けた兄弟も、幾度も体を重ねた女も、全員何の躊躇もなく殺せるのだから。僕にはとてもできない」
クレストは話をしながら、私の手の甲を愛撫するようにゆっくりと撫でる。
ぞわぞわと、悪寒が背筋をはしる。
以前の私ならまた違っていたのかもしれないけれど、今はジークハルト様以外の方に触れられるというのは、嫌悪感しかない。
「あの時、リュシーヌに行けと父に命じられたのはジークハルトだった。その後リュシーヌの王子から手紙が来てね。革命軍に連れ攫われた君をジークハルトが助けに行って、そのまま二人とも死んだというのだから、拍子抜けだよ。今思えば疑うべきことは沢山あったのに、誰もかれもジークハルトは愚鈍だと信じていたからね」
「まぁ……、ジーク様が、愚鈍だなんて。見る目がありませんわね」
「その通りだよ。けれど、まさか身を潜め兵を準備し、城に攻め入ってくるとは思わなかった。全く、鮮やかな手腕だったよ。城の中にはあれの協力者がいつの間にか紛れていて、必要最低限の血を流すだけで、あっさりと城が落ちたのだから」
「……ジーク様には、信念があったのですわ。私の兄と同じです」
「そうなんだろうね。でも、信念……、笑えるね。僕はジークハルトが皆が言うような愚鈍な男ではないとは思っていたよ。あれは、冷酷で計算高い。けれど、女に惑うとはね。ジークハルトが国を簒奪したのは、ティア、君の為だ。それ以外に君を守る方法がなかったのだろうね。賢い癖に、不器用なことだ」
「私の為……」
「僕は結構飽き性だけれど、死んだヴェインや父は、あきれ果てるほどに執着心が強くてね。生きていれば君を必ず手に入れていただろうし、君がこわれてしまうまで、いたぶりつくしていただろう。僕はヴェインが飽きたら、君で遊ぼうと思っていたのだけれど……、壊れた女を弄ぶのも、それはそれで楽しみ方があるのだし」
「……ジーク様」
ジークハルト様は私を守ろうとしてくれた。
三年前――私を救ってくださって、その後も、ずっと。
あらためてそれを考えると、愛しさがあふれる。
ティア、と呼ぶ声を、思い出す。
まるで初対面のようなふりをして、私を愛そうとしてくださった、はじめての夜が、愛しい。
「僕の前で、愛し気にジークハルトの名を呼ぶものではないよ。虐めたくなってしまう」
クレストは、私の体を強引にベッドの押し倒した。
赤いシーツの海はまるで血溜まりのようだ。
私に覆いかぶさるクレストは、楽しそうに笑っている。美しいけれど、何かが欠落しているような笑みだ。
ベッドの支柱から、鎖が伸びている。その先についている枷が、私の手首へと嵌められた。
両手を広げた状態で動けない私は、クレストをじっと見上げる。
拘束されるのは好きなのだけど、これっぽっちも興奮しなかった。
ジークハルト様に手首を結わかれると、頭がおかしくなるぐらいにどきどきするのに、同じようにされても私の心は凪いだままだ。
その事実に、私は酷く安堵していた。
虐められたい私だけれど、誰に何をされても嬉しいというわけではないのだわ。
――良かった。
「……僕は、皇帝になりたいわけではなかったからね。ジークハルトを恨んでいるということはないよ。ジークハルトは僕の母も殺したけれど、僕は、僕を守るためだと押しつけがましいことを言って、誰にでも良い顔をして笑っている母が嫌いだった。その最後も、好きでもない父を守るために父を庇って死んだのだから、愚かなことだよ」
「……わかりません。私には、あなたが何を考えているのかが、分からない」
私は首を振った。
クレストは復讐をしたいわけではないのだという。ジークハルト様を恨んでいるわけでもない。
言動と行動が、矛盾している。
「僕はね、ジークハルトが大切にしている君を壊してみたいと思ったんだよ。あれは、冷酷なくせに甘いところがある。僕が死にたくないと命乞いをしたら、あっさり僕を生かした。僕を生かせば再び争いが起こる可能性があることを知りながら、ね。僕の母のシオニアは、身分が高い女じゃなかった。だから、僕を殺しても問題はなかっただろうに、情けをかけられた」
「ジーク様は、優しい方です」
「そうなんだろうね。優しいというのか、つめが甘いというのか。僕はそれが気に入らない。壊れているくせに、壊れていないふりをしているジークハルトを見ていると苛々する。だからね、あれが大切にしている君を壊して――あれが、本当に壊れるところが見たい。ジークハルトが、僕を殺すところが見たいんだよ」
「分からない。……私には、わかりませんわ」
「分からなくて良いよ。どうせ、君は何も考えられない、男に犯されるだけの人形になるのだから。……シュダたちは、家畜の血が帝国に混じることが許せないらしいけれど、僕はそんなことはどうでも良い。楽しそうだから、協力しただけだよ。リュシーヌの女に惑ったジークハルトを王の座から引きずり降ろして、僕を座らせたいらしいよ。くだらないよね」
クレストはどこか歌うように言葉を話しながら、短剣で私の服を切り裂いた。
私は――どうとも、思わなかった。
拘束されても、服を裂かれて肌を晒しても、何も感じない。
驚くほどに、感情が動かない。羞恥も恐怖も屈辱も、おおよそ感情と呼ばれるものが何一つ私の中に産まれることはなかった。
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