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属国の姫は皇帝に虐められたい
動乱
しおりを挟む別邸から戻ってからジークハルト様は相変わらず忙しそうに働いていて、私は後宮でルルと話をしたり帝国の土地や貴族について教わったりしながら過ごしていた。
満ち足りていて幸せな日々だった。ずっと変わらない日々が続くのだと、思っていた。
「帝国の西にあるデルタ地方のオリアス侯爵領で不穏な動きがある」と、ジークハルト様が告げたのは、私が帝国に来てから一か月程度たったころのことだった。
「オリアス侯爵家は、王妃マルガレーテの生家だ。マルガレーテの産んだ子供であるヴェインが、本来なら皇帝になる筈だった。それを私が簒奪したのだから、憎まれているだろう。表向きには、私に恭順する態度を示していたが、裏では反乱の準備をしていたのかもしれない」
ベッドに横たわる私の髪を撫でながら、ジークハルト様は言う。
はだけたガウンからのぞく上半身の鍛え抜かれた胸板や腹筋を、私は指先で辿る。
夜の帳は降りていて、あとは眠るだけだ。
穏やかな夜もあれば、激しい夜もある。どちらも私にとっては大切なものだった。
「武力によって解決することは単純で簡単だ。オリアス家の反乱など、恐らく一か月程度で片を付けることができるだろう。しかし、血を流せばそこにはあたらしい禍根がうまれる」
「ひとが苦しいのは、苦手ですわ。どんな理由でも、大切な人が死んでしまえば、悲しんだり恨んだり、するのでしょう? 私も、ジーク様やルルや、お兄様が傷つくのは、嫌です」
「ありがとう、ティア。あなたとこうして過ごすようになってから、特に思うよ。私もあなたを奪われたら、大地を血に染めることを厭わない。そして、私が恨まれれば恨まれるほどに、あなたの身が危険に晒されてしまうのだと」
「ジーク様は優しい方ですわ。恨むだなんて」
「私は、あなたの兄と同じだよ、ティア。三年前、この城を制圧するために、数多の血を流した。あの時は、他に良い方法を思いつくことなどできなかった。父や兄、王妃や側妃たちを処刑した。恐怖のあまり、自ら命を絶つ者もいたぐらいだ。妹たちも、……自ら身を投げるものもあった」
ジークハルト様は落ち着いた声音で言った。
後悔している、という響きはない。
そうすることが必要だったのだろう。力によって解決するしか方法がないということも、往々にしてあるものだ。私もリュシーヌ王国の城の中の惨状を見ていたので、理解できる。
私はジークハルト様の胸に顔を寄せた。ぴったりくっつけると、規則正しい心音が聞こえる。
ほっとして、体の力を抜いた。
くすぐられるように、耳や髪に触れてもらえるのが心地良い。
「けれど……、ほとんどの方は、ジーク様が皇帝になることを歓迎しているのでしょう? 私は、帝国の内情に詳しくありませんから、余計なことは言えませんけれど……」
「そうであって欲しいとは思う。……だが私の行動で、少なからず遺恨が産まれた。特に、貴族たちには。腐った中央の貴族たちにとって、私の存在は煙たいものでしかない。甘い蜜を吸うことがもうできなくなってしまったのだからな。オリアス家が起てば、追従するものも少なくないだろう」
「……争いに、なりますの?」
「すべての貴族を消してしまうことはできない。争いの芽は、絶えることはない。だが、……オリアス家に限っては、対話をしたいと考えているよ」
「対話?」
「あぁ。あちらの言い分を聞いて、和睦の道を模索したい。オリアス家は古くからある家で、慕っている貴族も多い。潰してしまえば、さらなる憎しみが生まれてしまう」
「……話し合いは良いことだと思います。それで解決できるのなら、それがいちばんだと私も思いますわ。私が口を出せることではありませんけれど……、ただ、危険ではありませんの?」
「私に刃を向けるというのなら、反逆罪で処罰することはできるが、できればそれはしたくない。オリアス侯爵が賢い方であれば良いが。マルガレーテの兄が家督を継いで、今はその息子に代替わりしている。話したことは数度あるが、野心家には見えなかった。しかし他者の心のうちなど、わかる筈もない。それは私の印象にしか過ぎない」
「私の心のうちは、わかっておりますでしょう?」
「……さぁ。分からないな」
ジークハルト様は微笑みながら、首を傾げた。
私は不満げに眉根を寄せて、その首筋に頬を擦り付ける。
首に手を回して体をぴったりくっつける。
ベッドに入る前に私の衣服は脱がされていて、むき出しの肌がぴったりと重なり合うのが、少し恥ずかしくて、けれど気持ち良い。
お互いの体温が混じりあい、境界が曖昧になる。
ジークハルト様の手が背中に回り、きつく抱きしめてくださる。
「私はジーク様のものですわ。お慕いしています。……だから、無事に戻ってきてくださいましね」
「あぁ。……あなたを残して、消えたりはしない。あなたがいる限り、私はどんな無様を晒してでも、あなたの元へと戻る。……だが、ティア。私は、あなたが心配だ」
「私が?」
「オリアス侯爵領まで二日、対話が順調に終わったとしても、一週間ほど留守にする。交渉が決裂すれば、もっとかかるだろう。ジェイクは連れていくつもりだ。私が不在の間、アルケイドに城を任せる。問題は起こらないだろうが、後宮から外には出ないようにして欲しい。……妙な、胸騒ぎがする」
「アルケイド宰相閣下ですね。わかりました。困ったことがあれば、アルケイド様を頼るようにしますわ。もちろん、この場所から外に出ないようにはしますけれど。一つ所にこもるのは得意なのですよ」
アルケイド様は、ジークハルト様の片腕と言われている方だ。
アルケイド・ライタイド様。ライタイド宰相家の嫡男だそうだ。
元々宰相だったアルケイド様のお父上とは道を分かち、ジークハルト様と共に帝国に反旗を翻したのだという。帝国の有様に、ずっと心を痛めていたらしく、生真面目だけれど一筋縄ではいかない方だと評判である。
ご挨拶をしたことがあるけれど、どことなくその印象はジークハルト様に似ていた。
「あぁ。不自由をさせてすまない。……あなたがアルケイドに頼るというのも、少々腹立たしく思ってしまうものだな。私は随分と嫉妬深いようだ」
「まぁ……、ジーク様。本当は、私……、寂ししいし、不安です。どうか、……出立前までは、私を沢山可愛がってくださいましね。ジーク様が戻るまで消えないように、体に沢山跡を残してください」
「ティア……、あまり、煽らないで欲しい。今宵は、優しくしたい」
「……優しいのも、好きです。私、ジーク様の全部が、好き」
不安を覆い隠するように、私はジーク様の体に自分の体を摺り寄せて、軽く唇に触れる。
ぐるりと視界が反転して、天井を見上げた私に、ジークハルト様が覆いかぶさっている。
「……明朝には、出立するつもりだ。まだ時間がある」
口付けが、唇や頬、首筋に落ちる。
私は切なさに眉を寄せた。
「……夜が、明けなければ良いのに。……ごめんなさい。我儘ですわね」
「私もそう思っているよ、ティア」
分け与えられる熱を感じながら、私は目を閉じた。
ずっと、こうして居られたら良いのに。
私にできることは少ない。
不安が胸の底に溜まっている。ジークハルト様を失うことを考えると、恐怖に身がすくんだ。
この夜がずっと続いていてくれたら良いのにと、心から思った。
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