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属国の姫は皇帝に虐められたい
カルナ・リュシーヌによる回想
しおりを挟むブラッドレイ帝国に嫁いだばかりのティアから来た手紙を、カルナは政務室の机の上に広げて眺めていた。
十歳ごろまでは乳母によって育てられていたティアには、乳母が処刑されてしまってから革命戦争が起こるまでの空白の五年間がある。
この間ティアは、城の片隅で捨て置かれていた。
もちろんカルナはティアが己の妹であることを知っていた。
けれど幼い頃ティアを可愛がっているところを母に見られて、ティアが母に打たれたことで悟った。
ティアに、母が嫉妬をしていることを。
それからというもの、カルナはティアを守るために極力ティアには近寄らないようしに、母の機嫌をとり続けた。
母は父に対する執着や愛情と同じ感情を、息子であるカルナにも向けてることに、カルナは物心ついたときからぼんやりと気付いていた。
単純な女だったように思う。
男にちやほやされればのぼせあがり、煽てられれば煽てられるほどに増長するような。
御し易い。けれど、それだけではない。
おそらくは、酷く弱かったのだろう。己に自信がなく弱いからこそ過剰な愛情を求め、苛烈で不必要な嫉妬を撒き散らし、ーー破滅の道を歩んだ。
カルナは母も、母の傀儡同然だった父のことも恨んではいない。哀れだとは、思っている。
あれは、畜生だった。
そう思う。
カルナにとって、家族とは妹のティアだけだった。
表立って守ることができなかったのは、革命戦争が起こる前のカルナは、両親を自らの手にかけることなど考えたこともなかったからだ。
いつか自分が王位を継ぐ。その時が来たら両親を排斥し、ティアに姫としての生活を与える。その時が来るまでは、ひたすらに耐えよう。そしてティアも。どうか堪えてほしいというつもりで、オルゴールを渡した。
普段は声をかけようともしない冷たい兄だというのに、ティアは渡されたオルゴールを大切そうに抱えて、愛らしく微笑んでいた。
自室に戻ったカルナは、無力な自分が悔しくて泣いたことを覚えている。
ティアが薄汚れて襤褸布を纏い、城の裏手にある林で食料をあさったり、食堂に残る残飯を漁ったりしていることは、カルナにとっては都合が良かった。
ティアは、美しい。日に日に美しく成長していくことに、両親が気づいてしまえばどんな目に合うかわからない。
そうして、五年。
以前から兄である父に対して苦言を呈していた王弟であるドミニク公爵による、革命戦争が起こった。
ティアは革命軍にあっさり連れ去られてしまい、王都にまで兵が迫っているという報告をカルナは受けていた。
母はこの時になっても相変わらずで、城まで攻め込まれる筈はないと言って父と共に宴を開き酒を浴びるように飲んでいた。父も母の何の根拠もない甘言を信じているのか、それとも現実を見たくなかったのか、まともに話すことができないぐらいに酩酊していた。
カルナが剣を抜き、二人の首を取るのは赤子の手を捻るぐらいに簡単なことだった。
今まで耐えてきたことは、いったい何だったのか。笑ってしまうぐらいにーー呆気ない終焉だった。
王の首を掲げ、「リュシーヌの王は私だ」と宣言すると、狂乱の中にあってもまだまともな兵がカルナに従った。それ以外の兵は、まともな兵士長達が反抗的な態度の者に罰を与えることで、無理やりに従わせた。
それからーー自身の王政の邪魔になりそうな官職のものたちを処分した。
母は自らの家族を城に住まわせ贅沢三昧の暮らしをさせていたから、それらも処分した。
瞬く間に城に充満していた酒と油の匂いが、錆びた血の匂いへと変わった。
そうしてーージークハルトが、やってきたのである。
リュシーヌ王国はブラッドレイ帝国の属国であるので、今や帝国の皇帝となったジークハルトの名を呼ぶことさえ不敬にあたるのだろう。本来ならば。
けれど、カルナとジークハルトはいわば共犯者だ。そして、カルナはジークハルトのことを弟のように思っている。
ジークハルトがティアを妻に娶った今、立場的には弟であるといっても差し支えはないのかもしれないが。
ジークハルトに初めて会ったときに、カルナは彼が自分に似ていることにすぐに気づいた。
その事情までは知らないが、属国の革命戦争の鎮圧にたった一人で現れるなど、ーー恐らく、第三王子でありながら、帝国では良い扱いをされていないはずだ。
嫌味のない丁寧な物腰の男だと思った。理知的で、聡明でーー会話のできる人間であると。
だから、ティアの救出を頼んだ。他に任せることができるものが、誰もいなかった。
そしてジークハルトは、約束通りティアを連れて城に戻ってきてくれた。
その時にはすでにカルナは革命軍の首領であったドミニク公爵を討ち果たしていた。
城の門にその首を晒せば、あとは掃討戦に過ぎない。戦意を失った者達の討伐など、深追いさえしなければカルナ自らが打って出ずとも問題はない。
「カルナ。……我が兄達が、ティアを欲している。革命戦争が終われば、すぐに帝国に姫を献上せよとの通達が来るだろう。我が兄も父もーー山犬のような人間だ」
平和な表情で眠っているティアを部屋のベッドに寝かせた後に、ジークハルトは言った。
「私はティアを守りたい。そして、できることなら……、私の妻に、迎えたい」
「……ティアを救い出してくれたジークハルトを、私は信用しているよ。きっと君ならティアを大切にしてくれるだろう。しかし、どうするつもりだ?」
第三王子であるジークハルトは皇帝にはなれない。
兄王子たちが欲しがっている以上は、ティアを手に入れることは不可能に近い。
カルナは、ジークハルトの返答の予想がついていた。
ジークハルトの瞳には、冴え冴えとした決意の光が宿っていた。
「私は、皇帝になる。カルナ、あなたが王になったように。しかしそのためには時間が必要だ。今の私は、あまりにも無力で、準備をするためにやらなければいけないことが沢山ある。……それまで、ティアを帝国から守って欲しい」
ジークハルトは静かな口調で言った。
「どうすれば良い?」
「ティアを、誰の目にも触れさせないようにして欲しい。救出に向かった私と共に逃げる途中で、川に落ちたか、それとも兵に襲われたか、ともかく死んだということに」
「あぁ。なるほど。死んだと偽れば、ティアが欲しいという帝国の要求を受け入れずにすむのだね。それで、ジークハルト。君は」
「私は、しばらく姿を隠す。カルナ、落ち着いたら帝国に手紙を出してくれ。私が死んだということ。死体は探しても見つからなかったということ」
「それで、帝国は信用するのか? 大切な第三王子を殺した我が国に、報復があるのではないだろうか」
「それは無い。私は、帝国では不用品だ。どのみち今回の戦で無様を晒し、帝国に逃げ帰った時点で処断されることになっている」
「そうか……」
「必ず、ティアを迎え入れるため、私は皇帝になる。……だが、ティアには私のことは伝えないで欲しい。私をティアの枷にしたくない。……私からの連絡が三年以上なければ、私はしくじったと思ってくれ。ティアには幸せになって欲しいと願っている」
「身勝手な願いだが、受け入れよう。私は、君を信じているよ」
それがジークハルトと交わした最後の会話だった。
それから三年。
約束通り、カルナはティアを表向きは死んだものとして扱っていた。
城の奥に口の硬い侍女達を数名集め、ティアの事情を知らせた。
ティアは極力自室から出さないようにし、城の奥から外には出ないようにときつく言って聞かせた。
素直なティアは、何の疑問も持たずにそれに従っていた。
三年経ち、もう駄目かと考えていたところで、帝国での争乱が起こった。
何をどうしたのかは詳しくは知らないが、ジークハルトは皇帝になり、ティアを迎え入れたいとの手紙がきたのである。
ティアからの手紙には、癖のあるやや幼さの残る文字で『前略、お兄様。ジーク様はとてもとても、それはもう筆舌に尽くし難いほどに素敵な方で、ティアはとても幸せです』と書かれていた。
勢いと元気の溢れた文字と言葉に、カルナは口元を手で押さえて、くすくすと笑った。
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