属国の姫は嫁いだ先の帝国で、若き皇帝に虐められたい ~皇子様の献身と孤独な姫君~

束原ミヤコ

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属国の姫は皇帝に虐められたい

眠り姫と皇子様 3

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 ジークハルトが案内されたのは、城の地下にある牢獄だった。

 そこには革命軍と思しき兵士が捕虜として捕まっており、天井からのびる縄に両手を拘束されて吊るされていた。

 その光景に幼いころに見た光景が重なり、ジークハルトは眉間に皺を寄せる。

「革命軍の首領はフリッツ・ドミニク公爵。古くから、ドミニク家はリュシーヌ王家に仕えてくれていた家であり――フリッツは、わが父、ジェラルド・リュシーヌの弟だ」

 牢の前には、牢屋番の兵士が二人立っている。カルナとジークハルトが姿を現すと、膝をついて頭を下げた。

 カルナは牢屋の前で足を止めると、腕を組んで口を開く。

「王弟が、王家に弓を引いたのか? 公爵姓になったとはいえ、同じリュシーヌ王家の者だろう」

 ジークハルトが尋ねると、カルナは軽く首を振った。

「わが父は暗愚だったが、王弟のフリッツは、なんというか……、まっすぐな人でね。何度か父のことを諫めていた。けれど……、聞く耳を持っていなくて。いや、父が全て悪いというわけではない。母が――私の母というのは、毒を持った蝶のようなひとだった。蝶ではないな。あれは、毒々しい蛾だろう」

「城で、何があったんだ? あぁ、……今は話をしている場合ではないな。妹君を一刻も早く助けるべきだろう」

「フリッツも、それに従っている諸侯も、正義感の強いものばかりだ。ティアを残酷な目に合わせるとは思わない。無論、人質のつもりで攫ったのだろうけれど、彼らからしてみれば、保護だと思っている筈だ。だから、君に私やティアについて、それからリュシーヌについてを理解してもらうために話す時間はある」

「保護? 城から姫を攫うことが、保護だと?」

「そう。保護。私の母、エンディア・リュシーヌという人は――元々は左程身分の高くない、伯爵家の長女だった。若かりし日、父が母に惚れ込んで、それこそ自らの婚約者を捨ててまで、妃にと選んだ。そのせいだろう、城の中での母のよすがは父だけだったようだ。母は虚栄心が強く大層嫉妬深いひとで、城の侍女たちを全て追い出すだけならまだ理解できるのだが、己の娘にまで嫉妬をした」

「娘に――というと、ティア姫にか」

「ティアは、幼いころからいないものとして扱われていた。赤子の頃はまだ母も正気だったのだろう。それでもただ一人城に残っていた乳母にティアを任せていたけれど、成長するにつれてティアが美しくなってくると、父を奪われるのではないかという妄執に取りつかれたようだ」

「実の娘だろう?」

「実際――その可能性は、全くない、とは言い切れなかった。ティアは母に似て美しくなっていき、母は老けていく。私は父のティアを見る目が、おぞましくて仕方なかった。だから私もあえて、ティアを守ろうとしなかった。私がティアを構えば、ティアに良くないことが起こる可能性があると考えていた」

「……それで、公爵や諸侯たちはそんな姫の扱いを憂いて、軍を上げたのか」

 ジークハルトは軽く目を伏せる。
 幼いころから捨て置かれていたティアという名の姫君が、どうにも自分と重なって仕方なかった。
 ジークハルトは男だが、ティアは女性だ。

 どんなにつらかっただろう、苦しかっただろうと思う。

 それなのに――兄たちに、弄ばれる運命をたどる羽目になるのか。

 カルナにはとても伝えることができない。兄たちがティアを寄越せと言えば、リュシーヌには断る術がない。

 もしそれを拒絶したいと言うのであれば、それこそ――戦争を起こすしかない。

 けれど、諸侯はティア一人のために軍を上げたのだろうか。
 ジークハルトの問いに、カルナは首を振ってこたえた。

「それもあるが、それだけではないよ。父は母の言いなりだった。母が一言気に入らないと言えば、――翌日にはその者の首が飛んだ。母は父の愛を試すようにして、毎日のように誰かしらを処罰していた。城は恐怖に満ち、母が見物するために処刑場にしていた城の庭が血に濡れない日はないぐらいだった」

「それでは、姫は革命軍に保護された方が幸せではないのか? カルナ、あなたも……」

「分かっている。正義は、革命軍にある。けれど――私は、私の自由を勝ち取るために、革命軍に降るわけにはいかない。私のためにも、ティアのためにも」

 カルナのどこか冷たさのある薄水色の瞳には、決意の炎が宿っているようだった。

 ジークハルトはカルナの言葉を頭の中で反芻した。

 自由、とカルナは言った。

 自由とはなんだろうか。

 それはジークハルトがずっと目を背けてきたものだ。

 まるで、カルナに糾弾されているような気さえする。
 
 カルナはジークハルトの事情を知らないので、気のせいにすぎないのだろうが、それでも胸の奥を鋭い刃物で突き刺されたような痛みを覚える。

「革命軍に降れば、フリッツが王となるだろう。私とティアの処遇は、フリッツの手の上となる。温情を与えられる可能性もあるが、長きに渡り王国民を苦しめた両親の悪名は、私達への温情すら認めないかもしれない。私は自由が欲しい。長らく辛い思いをさせてきた、ティアを守りたい。だから、この手を血に染めてきた。……理解してもらえるだろうか、ジークハルト」

「本当に、両親を殺したのか」

「あぁ。もっと早くにこうしていれば良かった。私はフリッツの首もとるつもりだ。だが、その場合――ティアに危害が加えられるかもしれない。フリッツは皆から慕われている。フリッツを殺された憎しみが、ティアに向くことを私は恐れている。だから」

「理解した。私が姫を助けよう。場所は分かっているんだろう。捕虜に吐かせたのか?」

「ドミニク公爵家の別邸に囚われているようだ。軍のほとんどを王都侵攻で割いているから、最低限の見張りしかいないらしい。手勢を連れて指揮をとり、救援に向かってくれるか。私には信頼できる者が少ない。君は――私やティアに似ているような気がする。ジークハルト、君を信用している」

「必ず、姫を救うと約束する」

 ジークハルトは頷いた。
 カルナは控えていた兵士に命じて牢をあけさせた。

 意識をなくしているように見える捕虜に水をかけるように命じる。

 水桶から水を浴びせられた捕虜は、ごほごほと咳き込みながら薄く目を開いた。

 もう一度ティアの居場所を確認すると「西の別邸にいる」とはっきり答えた。
 嘘をついている可能性もあるが、今はそれを信じるしかない。

 ジークハルトはカルナの指示に従い、城の裏門から数人の騎馬兵を連れて外へ出た。

 侵攻を受けたときに逃げられる作りになっているのだろう。隠し門から外に抜ける。

 フリッツは元王子だ。隠し門について知っていたのか、門から抜けると数十騎の騎馬兵が待ち構えていた。思ったよりは手薄である。

 城の正面から攻めるために兵のほとんどを割いているというのは本当らしい。
 まっすぐな正義感と評判の男なら、正義が革命軍にあると示すために、卑劣な算段などせずに正面突破を行うだろう。

 その方が、大衆には受け入れられる。
 
 正義とは、愚直なものだ。

どれほど兵を失っても、命を散らしたとしても、正面からぶつかるのが正義。

 ――果たして、そうなのだろうか。

 ジークハルトは剣を抜くと、騎兵に向け馬を駆けさせる。

 借り物の栗毛馬も十分訓練されているようだが、黒曜の方が速いなと思う。

 ジークハルトに従い、離れずにカルナから借りた兵士たちが馬を駆けさせている。

 手練れの騎士たちを選んでくれたようだ。思えば――初めて他者から信頼をされただろうか。

 まともな人間として、対等に扱われたのもこれが初めてだ。
 ティアを助けなければ。カルナのためにも、自分自身のためにも。

 剣を凪ぐと、敵兵の首が飛んだ。

「まともに相手をするな。包囲を抜ける!」

 ジークハルトの命令に、兵たちが従う。

 きちんと従う兵を持つ。その大切さが身に染みた。包囲の中心を切り裂くようにして、馬の速度を上げて走り抜ける。すり抜けざまに剣を受け、返す刃で切りつける。

 敵兵が落馬し、恐怖に怯える声があがる。完全に怯んだ敵兵の包囲を抜けるのは案外簡単だった。

 振り切るつもりで馬の速度をあげていく。ついてこれない者は一人もいなかった。

 大きな獣のようにかたまり、大地を駆ける。

 寡黙な兵たちに囲まれ平野を駆けながら、ジークハルトは自由の意味について考えていた。
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