20 / 86
属国の姫は皇帝に虐められたい
若きジークハルト・ブラッドレイの悩み
しおりを挟む昨夜の情事がいささか激しすぎたのか、ティアは朝になっても穏やかで愛らしい寝顔で眠り続けていた。
後ろ髪をひかれる思いで、その白くつるりとしたきめの細やかな肌を持つ儚げな顔に幾度か口づけ、頬を撫でて、ジークハルトは起き上がると、支度をして部屋を出た。
後宮から出て空中回廊を歩く。良く晴れた空はティアの瞳のような透き通るような薄水色をしている。
爽やかで心地の良い風が回廊の窓からさわさわと肌に触れる。
――昨日のティアは、酷く艶かしかった。
爽やかな朝にはそぐわない記憶を反芻しながら、回廊を抜けて政務室へと向かう。
カルナからの手紙には『妹は長きに渡って捨て置かれていた。そのため、己には価値がないと考える傾向にある。自罰的で、罰せられることを好み、他者にそれを求めようとする。全て傷ついているが故だが――ジークハルトのティアが欲しいという気持ちは嬉しいが、ティアを持て余すのではないかと心配だ』と記されていた。
ティアのことを考えると、切なく狂おしく、愛しさが募る。ティアの心が傷ついているというのなら、その傷を塞ぎ癒し、ティアが幸せだと思えるように傍に居よう。そう思っていた。
だが――実際のティアは、考えていたよりもずっと健気で明るく心根の優しい、素晴らしい人だった。
離れていてもせつせつと降り積もる雪のように愛しさが増すばかりだったのに、手に入れた今それは留まることを知らない程に増大するばかりだ。
「……ティア」
静かな城内を一人歩きながら、小さな声で呟いた。
自罰的などではなく、過去の出来事もティアの心に傷を残してはいないのだという。
だとしたら、なんと強いことか。
ジークハルトにはその強さが眩しい。
だからこそ、ティアが欲しいと思ったのかもしれない。
それにしても――虐められたい、とは。
確かに昨夜のティアの乱れ様は、初夜の比ではなかった。だからつい、気を遣ってしまうほどに責め立てて貪ってしまった。あれで正しかったかどうかは分からない。途中怯えていたし、泣かせてもしまった。
好きだと何度も言われて呼吸を忘れるほどに幸せだったのだが、それでも欲望は抑え難く、嘲るような言葉を返し更に激しく犯した。
初心なごく普通の女性に同じようなことをしたら、怯えられて二度と明るい笑顔を向けてはくれなくなってしまうだろう。
素敵だったと言われて、心底安堵した。
だから多分、あれで正しかったのだ。おそらくは。
――もっと、喜ばせたい。
ティアがそうして欲しいと言うのなら、それに応えたい。もとより己を捧げることなど当然だと思えるほどに、ジークハルトはティアを愛していた。
離れていれば忘れるのかもしれないという危惧など、馬鹿馬鹿しいと笑えるぐらいに欲望も感情も増える一方で、はじめて結ばれた夜は夢のように幸せだった。
けれど昨日は――それよりもっと、幸福だった。
ティアが喜んでくれるのが嬉しい。快楽に彩られた顔で好きだと言ってくれるのが嬉しい。
その感情を否定されて悲しそうに泣きじゃくりながら、それでも求めてくれるのが嬉しい。
政務室の扉まで辿り着き、ジークハルトは深く息をついた。
どうにも、良くない。ティアの赤く染まった白い頬や、落ちる涙や、口角からつたう唾液や、快楽に染まった顔。切なげで愛らしく甘い声、その体に己を埋めたときの天にも昇るような快楽を思い出すと、呼吸が乱れるようだった。
心情を隠すのは得意だ。態度にも顔にも出ていないだろうが、すぐさま後宮に戻り微睡んでいるティアを組み敷いて再び犯したいと――酷いことを、考えてしまう。
軽く頭を振って、部屋に入る。
政務机には相変わらず書類が山積みになっている。
さして広くない政務室は雑然としている。侍女たちが掃除はしてくれているが、整理整頓はしないようにと申しつけてある。どこに何を置いたかが分からなくなってしまうのは困る。
片付けができるほどには、仕事は進んでいない。何せ、皇帝の地位を手に入れたのもつい最近のことなのだ。
机の上に溜まっているのは、長い年月をかけて積み上げ続けた愚政の名残である。帝国は強大だが、中央はすっかり腐りきっていた。賄賂と汚職が横行し、誰も咎めるものはいなかった。そういう輩に限って、ジークハルトの父である皇帝グスタフや、正妃マルガレーテに阿るのが得意だったのだ。
「……あぁ、すまない」
侍女が朝食替わりの珈琲を運んできてくれたので、小さく礼を言った。
城に残っている侍女たちは、有能なものばかりだ。噂話や悪口ばかり得意で仕事をしない者たちは、全て首にした。そういう輩を抱え込んでおけるほど、今の城には余裕がない。
それにティアに危害を加えるような者の存在を、ジークハルトは看過できなかった。
女というのは陰湿で恐ろしい。ただでさえ傷ついているティアを、更に傷つけるような真似をされたら――その首を落としてしまうかもしれない。
そんなことは避けたかった。ティアの前では、心優しく誠実な男でいたいと思っていた。
そういえばティアはタンポポの根が珈琲になるのだと言っていた。タンポポを手にして微笑む姿はあどけなく純真そのものなのに、情事の最中は愛らしくも淫らで、美しい。
なんて――愛しいのだろう。
けれど、どうしたら良いのか。
そんなことを考えながら、ジークハルトは部屋から持ち出してきた本に熱心に目を通していた。
「……陛下。読書の嗜好を変えたのですか」
部屋にジェイクが入ってきたことには気づいていたが、特に顔をあげることはしなかった。
ジェイクは元はジークハルトが選んだ私兵の一人である。ジェイク・ギヴスの父は、今は亡き宰相の部下の一人であった。
ギブス伯爵は清廉な方で、国費を私財のように扱う宰相に苦言を呈したことで投獄されて、獄中死している。その息子であるジェイクは長らく帝国を恨んでいた。三年前にジークハルトが伯爵家で鬱屈した日々を送っていたジェイクを見出して、声をかけたのである。
ジークハルトの信頼する部下は何人かいるが、ジェイクもその一人だ。
だから特に許可もなく政務室に入ってきたとしても、問題はない。そこまでの狭量さはないつもりだ。
ジークハルトの身分は、皇帝になったというだけで元々別に高いわけではない。
高貴な血が流れているとしたら、それは山犬のように穢れた皇帝グスタフの血である。
母はただの庶民だった。その出自さえ、良く知らない。
「……あぁ、これか」
手に持って読んでいた本の背表紙を、ジェイクは読んだのだろう。
ジークハルトはぱたんと本を閉じて、政務机の上に置いた。
それから軽く首を振る。
「――嗜虐されて嬉しいというのは、どういうことなのだろうな」
「……はぁ?」
ジークハルトの質問に、いつも落ち着いている冷静なジェイクにしては珍しく間抜けな声をあげた。
20
お気に入りに追加
948
あなたにおすすめの小説
【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜
まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください!
題名の☆マークがえっちシーンありです。
王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。
しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。
肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。
彼はやっと理解した。
我慢した先に何もないことを。
ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。
小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。
【R-18】記憶喪失な新妻は国王陛下の寵愛を乞う【挿絵付】
臣桜
恋愛
ウィドリントン王国の姫モニカは、隣国ヴィンセントの王子であり幼馴染みのクライヴに輿入れする途中、謎の刺客により襲われてしまった。一命は取り留めたものの、モニカはクライヴを愛した記憶のみ忘れてしまった。モニカと侍女はヴィンセントに無事受け入れられたが、クライヴの父の余命が心配なため急いで結婚式を挙げる事となる。記憶がないままモニカの新婚生活が始まり、彼女の不安を取り除こうとクライヴも優しく接する。だがある事がきっかけでモニカは頭痛を訴えるようになり、封じられていた記憶は襲撃者の正体を握っていた。
※全体的にふんわりしたお話です。
※ムーンライトノベルズさまにも投稿しています。
※表紙はニジジャーニーで生成しました
※挿絵は自作ですが、後日削除します
【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話
もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。
詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。
え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか?
え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか?
え? 私、アースさん専用の聖女なんですか?
魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。
※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。
※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。
※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。
R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。
【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました
indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。
逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。
一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。
しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!?
そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……?
元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に!
もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕!
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
【R-18】逃げた転生ヒロインは辺境伯に溺愛される
吉川一巳
恋愛
気が付いたら男性向けエロゲ『王宮淫虐物語~鬼畜王子の後宮ハーレム~』のヒロインに転生していた。このままでは山賊に輪姦された後に、主人公のハーレム皇太子の寵姫にされてしまう。自分に散々な未来が待っていることを知った男爵令嬢レスリーは、どうにかシナリオから逃げ出すことに成功する。しかし、逃げ出した先で次期辺境伯のお兄さんに捕まってしまい……、というお話。ヒーローは白い結婚ですがお話の中で一度別の女性と結婚しますのでご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる