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属国の姫は皇帝に虐められたい

属国の姫として嫁がせて頂きます

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 高級な銀糸のような長く美しい髪をもつ美貌の男性の、冷酷無慈悲な冷たい水色の瞳が私を見下している。
 今日も私のお兄様は最高に素晴らしく美しい。王国一軍服が似合う系お兄様第一位の名が相応しい。馬用の鞭などを持って、それをこう、指先でしならせたりしてくれないかしら。無意味に。
 できれば私の背中をそれで打ったりしてくれるととても良いのだけれど。
 政務室の椅子に座り私を見ているお兄様を見つめ返して、私は両手を胸元で組み合わせてどきどきと胸を高鳴らせた。

「ティア、……お前ももう十八歳だ」

「はい! お兄様、ティアはもう十八歳です。どのような仕打ちも合法的に受けられる年齢になりましたわ……!」

 やりましたわ、ついにこの日がきましたのね……!
 私は心の中で勝鬨をあげた。
 誰にも嫁がずに待っていた甲斐があったというもの。お兄様以上に私の心をときめかせる男性は王国にはいなかった。ついに、ついにこの日がやってきたのだわ。お兄様の政務室の机に押し倒されて、花を散らされる日が!

「……ティア。口を慎みなさい」

「私ったらつい。期待のあまり心の声が口からでてしまいました。とうとうお兄様が私を無理やり手籠めにしてくださるのかと思うと、わくわくしてしまって」

「そのような理由でお前を呼んだのではないよ。お兄様はお前を手籠めになどしない。落ち着きなさい」

 お兄様は額に手を当てると、深い溜息をついた。
 おかしいわね。思っていた反応と違うわ。私はいつだって準備万端なのだけれど、あまり積極的過ぎるのもいけないのかしら。

「……いけませんわ、お兄様、兄妹でこんなこと、間違っておりますわ……!」

 私は暫く考えて、良い感じの台詞を口にすることにした。
 兄に無理やり押し倒された妹というのは、こういった台詞を口にすると相場が決まっている。
 私があつめにあつめまくった艶本には、大抵こういった台詞がでてくる。
 サディストの方とは、嫌がって泣きじゃくる女に興奮するものだ。
 うきうきウェルカムの姿勢ではいけないのだろう。気をつけないといけないわね。
 口元に手を当てて、悲し気に目を伏せてみる。
 お兄様は胡乱な瞳で私を見下した。ぞくぞくした。

「……ティア。お兄様は今のところお前に何もしていない。まずは話を聞きなさい」

「今のところということは、話が終わったら……ということですのね?」

「……何故可愛い妹を手籠めにしなければいけないんだ。そんな非人道的な事はしないよ、私は」

「巷で評判の首切り王子であるところのお兄様は、妹の一人や二人手籠めにしなくてはいけませんわ。それでこそ、二つ名に箔がつくというもの」

「切りたくて首を切ったわけではないし、首切りと妹を手籠めにすることについての関連性がお兄様には分からない。良いか、ティア。私はティアを愛しているけれど、大切な妹として愛しているのであって、男女の感情はないんだよ?」

「またまた、ご冗談を」

 私は口元に手を当てて、うふふ、と微笑んだ。
 お兄様は半眼で私を見下した。きゅんきゅんした。

「ティア、お前ももう十八歳。十分、嫁げる年齢になった」

「はい、お兄様! お兄様は私が十八になるのを待っていてくださいましたのね。妃を迎えないのは、私の為だと理解しておりますわ」

「……妃を迎えなかったのは忙しかったからだよ」

「私の為ではありませんの……? お兄様、……もしや、私の見た目が駄目ですの? 結構可愛い自覚をしておりましたけれど、タイプではないとか」

 どうも雲行きがあやしいわね。
 私はお兄様と結ばれるとばかり思って、この数年暮らしていたのに、お兄様は違うのかしら。
 見た目が好みではないなら、仕方ないわよね。
 他者には冷酷なお兄様があまりにも私にだけ優しいから、勘違いしてしまったわ。ちょっと悲しい。

「ティアは、可愛い。王国一可愛いと思っている。艶やかな銀髪も、水色の瞳も、全て愛らしいよ」

「まぁ! それでしたら問題ありませんわ。結婚いたしましょう」

「妹とは結婚できないんだよ」

「心得ておりますわ。私、お兄様と正妃様が仲睦まじく暮らすのを遠目に眺めながら、地下室などに監禁されて、お兄様に塵のように犯される日々を送っても構わない、むしろそれが良いと長年思っておりましたの。よろしくお願いします」

「どこでそういう知識を手に入れてくるのだか……、ティアの隠し持っていた艶本は全てとりあげたと思っていたんだが」

「まぁ。ある日突然コレクションが消えたのはお兄様のせいでしたのね。頑張って集めたのに」

「もう少し恥ずかしがりなさい」

「お兄様は艶本を持っていませんの? よろしければ私がお兄様に相応しそうなものを、選んでさしあげますわ」

「今は艶本の話をしている場合じゃなくてね。大切な話があるんだ」

 ぴしゃり、とお兄様に怒られて、私はしゅんとした。ふりをした。
 ごめんなさいという気持ちは勿論あるのだけれど、怒っているお兄様が素敵だという気持ちの方が強い。できればずっと見ていたい。嘗め回す様にみていたい。不機嫌そうに潜められた眉が素敵。
 その調子で是非、私を罵倒してくださらないかしら。是非。是非に。

「――実は、ブラッドレイ帝国から手紙が来てね。ジークハルト・ブラッドレイ皇子の即位にあたり、我が国から花嫁をひとり、送るように、と。ティア・リュシーヌ、つまりお前を、嫁に欲しいと言っているんだ」

「あら……、ブラッドレイ帝国が……? お兄様、それはもしや」

「そうだね、我が国は帝国の属国。我が国のような小国では、帝国に抗う事はできない。つまり、拒否権はない。……これは、打診ではなくて、命令だよ。ティア。心苦しいが、……私はお前を、帝国に捧げなくてはならない。生贄、のようなものだ」

 苦し気に、お兄様が言う。
 その表情は、苦悩に歪んでいる。冷酷無慈悲と評判の美しいお兄様が苦悩する様というのは、中々色っぽくて良いわね。
 私は両手をあわせてお兄様を拝んだ。良いものが見れたわ。心に焼き付けておきましょう。

「帝国では、どんな目にあうか分からない。大切にしてくれるかどうかも、だ。我が国以外にも属国があり、帝国にも年頃の美しい女性は多くいるだろう。皇帝ともなれば、側妃が何人いるかわからない。お前は後宮で捨て置かれ、……それだけならまだ良い。もっと、残酷な目にあうかもしれない。それを思うと、私は……」

「お兄様……」

 お兄様の座る政務机の前に立っていた私は、お兄様に駆け寄った。
 身を乗り出す様にして、その手をぎゅっと握りしめる。
 私は私が辛い思いをするのは大好きだけれど、お兄様が苦しんでいる姿は見たくない。

「大丈夫ですわ。むしろ、望むところです! 私、帝国に嫁ぎますわ!」

「しかし、ティア」

「帝国に嫁いだら、馬小屋に投げ捨てられたり、ドレスを切り刻まれたり、皇帝に物のように扱われたり、それはもう……めくるめく酷い目にあうことができるかもしれませんのね? 望むところですわ」

「そのようなことを望んでほしくないのだが」

「ともかく安心なさって、お兄様。どのみち、我が国は帝国に従うしか、従うしかないのです……っ」

 帝国に従うという言葉に、私の胸は躍った。
 何かしら、この素敵な響き。
 お兄様の為に残酷な皇帝に身を捧げる私。
 これは、これは――とても、良い。

「……ありがとう、ティア」

 お兄様は私の手を握り返して、悲し気に微笑んだ。
 ――そうして、リュシーヌ王国の姫である、私、ティア・リュシーヌは、帝国に嫁ぐことになったのである。


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