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胴体の封印

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 胴体の聖廟があるのは深い谷底にある朽ちた神殿の底。
 谷底の周囲にはマグマが湧き上がっている。赤いマグマは地表に出ると冷やされて黒く固まる。再びそれを赤いマグマが溶かして固まることを繰り返している。

 私は影犬さんの背中に乗って、神殿の奥まで進んだ。
 レイン様はいつもと同じ涼しい顔で、炎に覆われた朽ちた神殿を歩いている。

「少し、楽しいですね、ロザリア。そう感じるのは良くないのかもしれませんけれど、そんな気がします」

 レイン様が少し弾んだ声で言う。

「楽しいのは良いことですよ、レイン様」

「ミューエ辺境伯家と、学園。私の行ったことがある場所は、それだけです。こんなに短い時間で、様々な風景を見るのははじめてです」

「レイン様はなんでもできるのに、行こうと思えばどこでもいけるのに、魔法を使わなかったのですね」

「ええ。必要もなかったので」

「これから私と色んな所に行きましょうね。さしあたっては、新婚旅行はどこにしましょうか? 海が良いでしょうか、それとも街? 雪山も捨てがたいです。もちろん暖炉があってあたたかい雪山ですけれど」

「新婚旅行とは?」

「結婚したら一緒に旅行に行くのですよ、最近、流行しています。どこが良いでしょうか、温泉も良いですね、溶岩を見ていたら思い出しました」

 新婚旅行の話をしていると、神殿の奥に辿り着いた。
 ダルダリオスの両手は、鳥と人間が混じり合ったような形をしていた。

 両足は、蛸に似ていた。何本かにわかれた太くうねる、ぬめりけをおびたものだった。
 炎の神殿の奥にある溶岩でできているようなごつごつとした棺の中には、大きな蓮の花が咲いている。
 薄桃色をした蓮の花からは、緑色をした植物の蔦が伸びている。

「石像に残っているダルダリオスの魂を封じたとして、魔力はこの体に残るのでしょうか。今のところ、魔力が失われている気配は感じませんね」

 レイン様が片腕をのばすと、黒い鎖があらわれる。
 此方を威嚇するように、蓮の花が大きく開いてその体をぶるぶると震わせた。

 蔦が私たちに向かってのびる。侵入者を絡め取ろうとしているようだ。
 黒い鎖が蔦を引き裂き、巨大な蓮の花をがんじがらめにした。

 林檎を手で潰すようにして、鎖は質量のある蓮の花に食い込む。食い込む鎖が蓮の花を砕いた。
 花びらが飛びちり、溶岩の上に落ちて、炎をあげて消えていった。

 私は棺の前に立つ。
 邪神の石像の胴体が棺の中へとぴったりとおさまった。
 石像の胴体は男性の体のようだったけれど、棺の中にあるのは大きな蓮の花だ。

 聖遺物が輝き、雫がこぼれて棺を満たしていく。
 やがて棺が満杯になると、マグマがうねり首を擡げるようにして棺に覆い被さり、棺をマグマの海の底へと沈めていった。

 赤々と吹き出していたマグマが急に冷えたように、黒い溶岩に戻っていく。
 朽ちた神殿から、マグマの赤色が消えた。

 神殿のある谷底から空を見上げると、遠く黒い鳥が飛んでいるのが見えた。
 時刻は、もうすぐ夕方だろう。青空が橙色に染まりはじめている。

「レイン様、お疲れ様です。残すところあと頭だけになりましたね。私の手荷物もすっかり軽くなって、片手で持てるほどになりました。これでやっと、手をつなげますよ」

 袋の中に残っているのは、聖遺物のクリスタルが一つと、頭だけになった石像。
 両手に荷物を抱えていた一番最初に比べたら、かなり軽い。
 荷物も軽いし、荷物が軽くなるのと比例して、心もなんだか軽くなっているようだ。

 私はあいているほうの手で、レイン様と手を繋いだ。
 きゅっと私の手を握り返したレイン様は、私の顔を何か言いたげな表情で見下ろした。

「どうしました、レイン様。次で最後です、行きましょう」

「……ロザリア。これで五カ所目です。五カ所目ともなると、忘れてしまうのでしょうか。それとも、もう満足してしまいましたか?」

「え、ええと、それは、……ご褒美について?」

「はい」

 邪神の体を封印すると、私がご褒美を強請るという方程式がレイン様の中で成り立ってしまっているようだ。
 軽い気持ちで欲望を口にしてしまったのだけれど、今更ながらとても恥ずかしい。

 まさか良いと言ってくれると思っていなかったし。
 だんだん熱の籠もったご褒美に変化するとも思っていなかったし。

 私はレイン様のことを好きだけれど、レイン様が私に興味を持ってくれるなんて思っていなかった。
 嫌われていないぐらいで十分だと思っていた。
 それはいつかは結婚して家族になって子供は十人ぐらい欲しいなって思うけれど、それはもっと先の話で、いうなれば、ただの妄想だったのに。

「それは、その、ちょっと恥ずかしくなってきてしまったと、いいますか……」

「私は君に飢えています。触れても?」

「は、はい……」

 繋いだ手を引き寄せられて、腰を抱かれる。
 そっと触れた唇が、離れては啄むように私の唇に触れる。

 濡れた舌がぺろりと私の唇を舐めて、薄く開いた隙間から中に入ってくる。
 味わうようにして、唇が深く合わさり、口の中をまさぐられる。

 私はどうして良いのか分からずに、ただひたすらに呼吸を止めて耐えていた。
 体が甘く痺れて、あたまがぼんやりしてくる。レイン様、だんだん、大胆になってきている気がする。
 もちろん私は嬉しいのだけれど、これは良くない気がする。
 だって、何も考えられなくなってしまう。

「……唇は甘いから、中はもっと甘いのかと思っていました。……思った通りですね、ロザリア」

「……っ、は、はい……にがくなくて、良かったです……」

 私の目尻ににじんだ涙を大切そうに啜って、レイン様は綺麗に微笑んだ。

「はやく終わらせましょうか。全て終わったら、もっとゆっくり君に触れたい。私が、私でいられるのなら、もっと、深く」

「は、はい、レイン様……はやく終わらせましょう、私が気絶してしまう前に、はやく」

 もちろん大歓迎なのだけれど、できればそういうのは、二人きりのお部屋などが良い。
 溶岩に覆われた谷というのは、愛を育むには最適ではない気がするのよね。

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