上 下
4 / 26

101回目の再会

しおりを挟む


 急がなければいけない。
 ただ、漠然とそう思う。

 繰り返しを思い出したばかりで、頭の中が少し混乱しているけれど、徐々に記憶が鮮明になってくる。

 それは、家族を助けるためだ。
 もたもたしていたら、騎士団によって皆捕縛されてしまう。

「お父様、お母様、ただいま帰りました!」

 レイン様の転移魔法は、私を一瞬でルーヴィス公爵家へと運んでくれた。
 レイン様のおかげで、移動速度が神懸かり的に早くなった。

 転移魔法の前に、距離などは無意味。どんなに離れた場所でも一瞬で移動できてしまう。

 のんびり馬車に揺られた場合、王都から公爵家までは二日ぐらいかかる。
 それが一瞬。
 急ぐ必要がある私にとって、とてもありがたい。

「ロザリア、おかえり」

 公爵家の家族で集まるために作られた広いファミリールームのソファに座っていたシュミットお父様が、唐突に部屋に現れた私に気づいて、にこやかに言った。
 学者肌で細身のお父様は、どことなく頼りない印象がある。

「今日は卒業式の式典だったのよね? 明日王立学園から戻ることができるように、迎えの馬車を出立させる準備を今、カナデルと一緒に行っていたところだけれど」

 お父様の向かいのソファに座っていたミランダお母様が立ち上がって、私の方を振り向いた。
 お母様も、穏やかで優しいという単語がぴったりくる、社交よりも刺繍と料理の好きな、のんびりとした人だ。

「どうやって帰って来たのですか、お姉様。急に部屋に現れたように見えたのですが、そちらの方は一体?」

 のんびりゆったりとした両親とは違い、きびきびと五つ年下の弟のカナデルが質問をした。
 お父様やお母様と違ってレイン様を認識している。話が早くて良い。

「三人とも、こちらはレイン・ミューエ様。ミューエ辺境伯家のご子息様です。そして私たちは今から、ミューエ辺境伯家に皆で行きます。何故とか、どうして、とかいう疑問はあとで聞きますね、私たちは急ぐ必要があるのです」

「どういうことですか。説明してください、姉様」

 案の定、しっかり者のカナデルが質問してきた。
 まぁ、そうなるわよね。
 じゃあ行こうか、とはならないわよね、今の説明で。

「……ロザリア。辺境伯家に逃げ込むつもりなのですか?」

 質問はしないでと言ったはずなのに、レイン様も尋ねてくる。
 これも仕方ない。
 レイン様のご実家の辺境伯家の現状を、レイン様は今、私たちに知られたくないのだろう。

「詳しい事情を説明したいのは山々なのですが、このままここにいると、王都から騎士団が家の中になだれ込んできて、皆捕縛をされてしまうのです。ひとまず安全な場所に逃げてから、説明、という順番にしたいのですけれど」

 何をどう言えば良いのかしら。

 手っ取り早く皆を納得させる方法が欲しい。
 私はレイン様と私の家族達をぐるりと見渡した。

「実は、……私は、未来のことが分かるのです。皆、私が黒髪赤目の、烏として生まれたことは分かっているでしょう? 烏が嫌われる理由は、魔性の力をうまれながらに持っている可能性があるからです。魔王になる資質がある人間、それが烏ということは、この国に生きているひとなら誰でも知っていますよね」

 私は息継ぎをするまもないぐらい、早口で喋った。
 時間が惜しい。私は早く公爵家から皆を連れて逃げたいのよ。

 説明を求めないで、素直に私に従ってくれないかしら。
 悪いようにはしないのに。

「ロザリア。そんな風に、自分を貶めてはいけないわ。それはただの迷信。信じる人が間違っているのよ」

 すかさずお母様が私を励ましてくれる。
 お父様もうんうんと、なんども頷いてくれる。

 私の両親は――この見た目で生まれてしまった私を、他の人々とは違い忌避しなかった。
 私を差別してしまうことを危惧して、長い間もう一人子供を作ろうともしなかったのだ。

 だから、カナデルと私は五歳も歳がはなれている。
 優しい人たちなのよね。それなのに、優しい人たちなのに、このままここにいたら、ひどいことになってしまう。

「ありがとうございます、お母様。けれど私は……実は、魔性の力を持っていたようなのです。気づいたのはつい先日。未来の夢を見るようになってからなのです」

「……つまり、姉様には未来がわかる。だから、僕たちは逃げなければいけない。そういうことですね?」

「ロザリアが、魔法を、ね」

 話の早いカナデルのあとに、ぽつりとレイン様が意味ありげに呟いた。
 気持ちは分かるわよ、レイン様。
 
 実はレイン様こそ魔王なのに、私が急に魔法が使えるとか言い出したのだから、それはあやしむわよね。嘘つきだって思われるかもしれない。

 でも仕方ないのよ。なんせ私は、急いでいるのだから。
 公爵家にレイン様と一緒に帰って、家族を説得する。

 このやりとりも何回も記憶にある。
 そして私はいつもうまくできなくて、手遅れになってしまう。
 そうして結局、良くない結末になってしまったもの。

「ロザリアがそう言うのなら、そうなのだろう。だが、逃げるには準備が必要だ」

「家の者たちはどうしたら良いのかしら。使用人達には、暇を出した方が良いの?」

 お父様とお母様が、全面的に私を信用してくれている。
 本当に、良い方たち。私が守らないと。

「全員置いていきましょう。良いですか、三人とも。レイン様と、私たち。それ以外の人間は、みんな敵だと思ってください。……うん、そうですね。とりあえず、今日の夜までは、そういうことにしておきましょう」

 ちょうど、正午の鐘が鳴った。
 日が暮れるまで、あと六時間といったところかしら。
 暗くなるまでに全部済ませましょう。そうしましょう。それが良いわね。

 ――だって、そうじゃないと、時間切れになってしまう。

「とりあえず、荷物は何も持たなくて良いです。私たちがミューエ辺境伯家に向かったことを知られたくないので、このまま行きましょう。レイン様、よろしくお願いします」

「ロザリア。本当に、良いんですね?」

 レイン様は意味ありげな口調で言った。
 私は力強く頷いた。
 だって、知ってるのよ。

 ミューエ辺境伯家には、今、誰も住んでいないこと。その理由も、全部。
 レイン様に言われるがままに、私たちは身を寄せ合って手を繋いだ。

 私の肩両肩に、レイン様の手が触れる。
 そうして私たちは、公爵家から最速で逃亡したのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

みんながみんな「あの子の方がお似合いだ」というので、婚約の白紙化を提案してみようと思います

下菊みこと
恋愛
ちょっとどころかだいぶ天然の入ったお嬢さんが、なんとか頑張って婚約の白紙化を狙った結果のお話。 御都合主義のハッピーエンドです。 元鞘に戻ります。 ざまぁはうるさい外野に添えるだけ。 小説家になろう様でも投稿しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...