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101回目の再会
しおりを挟む急がなければいけない。
ただ、漠然とそう思う。
繰り返しを思い出したばかりで、頭の中が少し混乱しているけれど、徐々に記憶が鮮明になってくる。
それは、家族を助けるためだ。
もたもたしていたら、騎士団によって皆捕縛されてしまう。
「お父様、お母様、ただいま帰りました!」
レイン様の転移魔法は、私を一瞬でルーヴィス公爵家へと運んでくれた。
レイン様のおかげで、移動速度が神懸かり的に早くなった。
転移魔法の前に、距離などは無意味。どんなに離れた場所でも一瞬で移動できてしまう。
のんびり馬車に揺られた場合、王都から公爵家までは二日ぐらいかかる。
それが一瞬。
急ぐ必要がある私にとって、とてもありがたい。
「ロザリア、おかえり」
公爵家の家族で集まるために作られた広いファミリールームのソファに座っていたシュミットお父様が、唐突に部屋に現れた私に気づいて、にこやかに言った。
学者肌で細身のお父様は、どことなく頼りない印象がある。
「今日は卒業式の式典だったのよね? 明日王立学園から戻ることができるように、迎えの馬車を出立させる準備を今、カナデルと一緒に行っていたところだけれど」
お父様の向かいのソファに座っていたミランダお母様が立ち上がって、私の方を振り向いた。
お母様も、穏やかで優しいという単語がぴったりくる、社交よりも刺繍と料理の好きな、のんびりとした人だ。
「どうやって帰って来たのですか、お姉様。急に部屋に現れたように見えたのですが、そちらの方は一体?」
のんびりゆったりとした両親とは違い、きびきびと五つ年下の弟のカナデルが質問をした。
お父様やお母様と違ってレイン様を認識している。話が早くて良い。
「三人とも、こちらはレイン・ミューエ様。ミューエ辺境伯家のご子息様です。そして私たちは今から、ミューエ辺境伯家に皆で行きます。何故とか、どうして、とかいう疑問はあとで聞きますね、私たちは急ぐ必要があるのです」
「どういうことですか。説明してください、姉様」
案の定、しっかり者のカナデルが質問してきた。
まぁ、そうなるわよね。
じゃあ行こうか、とはならないわよね、今の説明で。
「……ロザリア。辺境伯家に逃げ込むつもりなのですか?」
質問はしないでと言ったはずなのに、レイン様も尋ねてくる。
これも仕方ない。
レイン様のご実家の辺境伯家の現状を、レイン様は今、私たちに知られたくないのだろう。
「詳しい事情を説明したいのは山々なのですが、このままここにいると、王都から騎士団が家の中になだれ込んできて、皆捕縛をされてしまうのです。ひとまず安全な場所に逃げてから、説明、という順番にしたいのですけれど」
何をどう言えば良いのかしら。
手っ取り早く皆を納得させる方法が欲しい。
私はレイン様と私の家族達をぐるりと見渡した。
「実は、……私は、未来のことが分かるのです。皆、私が黒髪赤目の、烏として生まれたことは分かっているでしょう? 烏が嫌われる理由は、魔性の力をうまれながらに持っている可能性があるからです。魔王になる資質がある人間、それが烏ということは、この国に生きているひとなら誰でも知っていますよね」
私は息継ぎをするまもないぐらい、早口で喋った。
時間が惜しい。私は早く公爵家から皆を連れて逃げたいのよ。
説明を求めないで、素直に私に従ってくれないかしら。
悪いようにはしないのに。
「ロザリア。そんな風に、自分を貶めてはいけないわ。それはただの迷信。信じる人が間違っているのよ」
すかさずお母様が私を励ましてくれる。
お父様もうんうんと、なんども頷いてくれる。
私の両親は――この見た目で生まれてしまった私を、他の人々とは違い忌避しなかった。
私を差別してしまうことを危惧して、長い間もう一人子供を作ろうともしなかったのだ。
だから、カナデルと私は五歳も歳がはなれている。
優しい人たちなのよね。それなのに、優しい人たちなのに、このままここにいたら、ひどいことになってしまう。
「ありがとうございます、お母様。けれど私は……実は、魔性の力を持っていたようなのです。気づいたのはつい先日。未来の夢を見るようになってからなのです」
「……つまり、姉様には未来がわかる。だから、僕たちは逃げなければいけない。そういうことですね?」
「ロザリアが、魔法を、ね」
話の早いカナデルのあとに、ぽつりとレイン様が意味ありげに呟いた。
気持ちは分かるわよ、レイン様。
実はレイン様こそ魔王なのに、私が急に魔法が使えるとか言い出したのだから、それはあやしむわよね。嘘つきだって思われるかもしれない。
でも仕方ないのよ。なんせ私は、急いでいるのだから。
公爵家にレイン様と一緒に帰って、家族を説得する。
このやりとりも何回も記憶にある。
そして私はいつもうまくできなくて、手遅れになってしまう。
そうして結局、良くない結末になってしまったもの。
「ロザリアがそう言うのなら、そうなのだろう。だが、逃げるには準備が必要だ」
「家の者たちはどうしたら良いのかしら。使用人達には、暇を出した方が良いの?」
お父様とお母様が、全面的に私を信用してくれている。
本当に、良い方たち。私が守らないと。
「全員置いていきましょう。良いですか、三人とも。レイン様と、私たち。それ以外の人間は、みんな敵だと思ってください。……うん、そうですね。とりあえず、今日の夜までは、そういうことにしておきましょう」
ちょうど、正午の鐘が鳴った。
日が暮れるまで、あと六時間といったところかしら。
暗くなるまでに全部済ませましょう。そうしましょう。それが良いわね。
――だって、そうじゃないと、時間切れになってしまう。
「とりあえず、荷物は何も持たなくて良いです。私たちがミューエ辺境伯家に向かったことを知られたくないので、このまま行きましょう。レイン様、よろしくお願いします」
「ロザリア。本当に、良いんですね?」
レイン様は意味ありげな口調で言った。
私は力強く頷いた。
だって、知ってるのよ。
ミューエ辺境伯家には、今、誰も住んでいないこと。その理由も、全部。
レイン様に言われるがままに、私たちは身を寄せ合って手を繋いだ。
私の肩両肩に、レイン様の手が触れる。
そうして私たちは、公爵家から最速で逃亡したのだった。
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